劒の教義(ガンディー)のあらすじ・登場人物
劒の教義に抗する非暴力
- 社会
- 翻訳
- 文字数
- 3,325字
- 読了目安
- 約7分
- 表記
- 旧字旧仮名
この作品について
ガンジーが週刊紙『ヤング・インディア』の1920年8月11日号に書いた論説。非協同運動の開始を前に、自分がひそかに暴動を企てているという疑いに答え、暴力についての考えを明らかにする。臆病と暴力のどちらかしか選べないなら暴力を勧めると言い切ったうえで、それでも非暴力は暴力に限りなくまさるという立場を、強者の情けという考え方で説明する。訳書『ガンヂーは叫ぶ』(1930年)の巻頭に置かれた一編である。
あらすじ
暴力が支配する時代には、暴力を拒む者がいるとは誰も信じない。ガンジーのもとには、暴動が起きても非協同を続けよという匿名の手紙や、いつ公然と暴力を宣言するのかという問いが届く。彼は、臆病と暴力のどちらかを選ぶほかないなら暴力を勧めるとし、1908年に自分が襲われたとき長男がその場にいたら父を守るべきだったと答えたこと、ボーア戦争などに参加したことを挙げる。しかし非暴力は暴力に限りなくまさり、情けは懲罰の力を持つ強者だけの特権である。力は体力ではなく不屈の意志から生まれるのであり、自分は弱者として非暴力を説くのではないと述べる。暴力が獣の法則であるように非暴力は人間の法則であり、サティヤーグラハや非協同はその受難の法則の新しい名前にすぎない。非暴力とは悪をなす者に服従することではなく、全精神を挙げて圧制者の意志に反抗することだと説く。インドが劒の教義を採れば一時の勝利は得られても、自分の誇りではなくなるとし、非協同をアイルランドのシン・フェイン主義と区別したうえで、隠し立てのない非暴力的非協同を試みてほしいと結ぶ。
冒頭部(原文より)
暴力支配の現代では、暴力の終局の至上權の法則を誰かが拒否し得やうとは、何人も考へることが出來ないであらう。それだから、たとひ一般の暴動が起らうとも、「非協同」の進行を妨げないやうにといふ忠告の手紙が匿名の人から私のところへ來るのである。又、他の者は私が密かに暴動を劃策してゐるに違ひないと獨りで決めて、公然と暴力を宣言する樂しい時がいつ來るかと尋ねて來る。英國人は、公然であれ祕密であれ、暴力以外のいかなるものにも屈しはしないと彼等は私に云ふ。又聞くところによると、私は決して本音を吐かないから、印度中で最も腹の黒い人間であつて、私が大抵の人と同樣に暴力を信仰してゐることは一點の疑ひもないと信じてゐる人もゐるさうである。 劒の教義が人類の大多數を支配してゐることはかくの如くである。そして非協同の成功は主として暴力の有無によるのであり、この事に關する私の意見は多數の人々の行動に影響するところがあるから、私は自分の意見を出來るだけ明瞭に述べて置きたいと思ふ。
「劒の教義」ガンディー(青空文庫)
末尾部(原文より)
私は私を信じてゐない人に敢てお願ひするが、私を暴力主義者と考へて、暴動を煽動し、始まつたばかりの鬪爭の圓滑な進行を妨げないやうに望む。私は祕密は罪惡として嫌つてゐる。試みに諸君は「非暴力的非協同」を行うて見られよ、然らば私が何等隱し立てをしてゐないことが分るであらう。
「劒の教義」ガンディー(青空文庫)
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