薬(魯迅)のあらすじ・登場人物
夜明け前に求めた薬
- 社会
- 翻訳
- 文字数
- 7,025字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
魯迅が1919年に雑誌『新青年』に発表し、第一作品集『吶喊』に収めた短編を、井上紅梅が訳したもの(改造社版『魯迅全集』、1932年)。夜明け前、茶館を営む華老栓は、肺病の一人息子を救うための「薬」を手に入れようと、なけなしの銀貨を懐に暗い町へ出る。清朝末期の町を舞台に、迷信にすがる庶民と、茶館に集まる人々の噂話を、四つの場面で描いた。
あらすじ
夜明け前、茶館を営む華老栓は、妻がためた銀貨を懐に、まだ暗い町へ出る。肺病に苦しむ一人息子の小栓に食べさせる「薬」を手に入れるためだった。丁字路の刑場には人々が群がり、首を伸ばして処刑を見物している。そこで老栓は、黒ずくめの男から、処刑されたばかりの人の血に浸した饅頭を受け取る。家に戻った夫婦はそれを蓮の葉に包んで焼き、小栓に食べさせる。茶館に集まった客の前で、瘤だらけの顔の康おじさんが、あの饅頭はどんな癆症にも効くと得意げに語る。処刑されたのは夏家の息子で、身内に訴え出られ、牢の中でも牢番に謀叛を説き、殴られても相手を「可哀そうだ」と言っていたという。客たちは「気が狂ったんだ」と笑い合い、そのあいだにも小栓は咳きこみ続ける。翌年の清明節、華大媽は貧しい人々を葬る墓地にある息子の墓に供え物をする。小道をはさんだ刑死者の墓には、白髪まじりの老女がやってくる。処刑された夏瑜の母だった。夏瑜の墓の上には、誰が供えたのか、紅白の花の輪が飾られていた。老女は息子の霊に、鴉を墓の上へ飛ばしてみせてほしいと願うが、鴉は枝に止まったまま動かず、二人が帰りかけたとき、一声鳴いて遠くの空へ飛び去った。
登場人物
- 華老栓 茶館の主人
- 華大媽 老栓の妻
- 小栓 二人の一人息子。肺病を患っている
- 康おじさん 瘤だらけの顔の男。「薬」の手配をした
- 夏瑜 処刑された夏家の息子
- 夏瑜の母 息子の墓参りに来る老女
冒頭部(原文より)
亮るい月は日の出前に落ちて、寝静まった街の上に藍甕のような空が残った。 華老栓はひょっくり起き上ってマッチを擦り、油じんだ燈盞に火を移した。青白い光は茶館の中の二間に満ちた。 「お父さん、これから行って下さるんだね」 と年寄った女の声がした。そのとき裏の小部屋の中で咳嗽の声がした。 「うむ」 老栓は応えて上衣の釦を嵌めながら手を伸ばし 「お前、あれをお出しな」 華大媽は枕の下をさぐって一包の銀貨を取出し、老栓に手渡すと、老栓はガタガタ顫えて衣套の中に収め、著物の上からそっと撫でおろしてみた。そこで彼は提灯に火を移し、燈盞を吹き消して裏部屋の方へ行った。部屋の中には苦しそうな噴び声が絶えまなく続いていたが、老栓はその響のおさまるのを待って、静かに口をひらいた。 「小栓、お前は起きないでいい。店はお母さんがいい按排にする」 「…………」 老栓は倅が落著いて睡っているものと察し、ようやく安心して門口を出た。
「薬」魯迅(青空文庫)
末尾部(原文より)
華大媽は何か知らん、重荷を卸したようになって歩き出そうとした。そうして老女に勧めて 「わたしどもはもう帰りましょうよ」 老女は溜息吐いて不承々々に供物を片づけ、しばらくためらっていたが、遂にぶらぶら歩き出した。 「これはまた、何としたことでしょうか」 口の中でつぶやいた。二人は歩いて二三十歩も行かぬうちにたちまち後ろの方で 「かあ」 と一声叫んだ。 二人はぞっとして振返って見ると、鴉は二つの翅をひろげ、ちょっと身を落して、すぐにまた、遠方の空に向って箭のように飛び去った。
「薬」魯迅(青空文庫)
原文を読む
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