スワデシの誓(ガンディー)のあらすじ・登場人物
国産の布だけをまとう誓い
- 社会
- 翻訳
- 文字数
- 5,177字
- 読了目安
- 約10分
- 表記
- 旧字旧仮名
この作品について
ガンジーが、国産品を用いるスワデシの誓いをボンベイで立てる前日に、インドの新聞に発表した二つの論文。誓いの対象を衣服に絞り、インドの綿をインドで紡ぎ織った布だけを着ることを宗教的な義務として説く。英国製品の不買(ボイコット)は報復の精神に立つ政治上の武器だとしてスワデシと区別し、手紡ぎ・手織りの復興を村の経済を救う鍵と位置づけている。ガンジーの論説・書簡を福永渙が訳して集めた『ガンヂーは叫ぶ』(1930年)に収められた。
あらすじ
スワデシの希望はインドの大衆を鼓舞しているが、その困難は十分に知られていない。ガンジーは、誓いとは背水の陣を布く断固たる決心であり、「できるだけ守る」というのは誓いではないと言う。熟考の結果、完全な誓いを立て得るのは衣服についてだけだとし、外国製の布を用いることは、農業に次ぐ職業である手織りを見捨てた罪だと述べる。国産の布が足りないという反論には、薄着で足りるインドの気候や、誓う者が増えれば紡車と織機も増えることを挙げて答える。さらに、手持ちの外国製の布はすべて破棄すべきだとし、宗教的な義務であるスワデシと、悪意と報復に基づく政治上のボイコットとを区別して、英国人ではなく統治者と争っているのだから悪意を持ってはならないと説き、神を証人とする誓約文を示す。第二の論文では、輸入の糸で織った布や英国人所有の工場の製品はスワデシに当たらず、国産の綿を国産の紡車で紡ぎ国産の織機で織ったものだけが完全だとする。村々の織工に国産の糸を供給すれば貧困を救えるとして、スワデシを経済的救済の鍵と呼び、あらゆる宗教のインド人に誓いを立てるよう懇願する。
冒頭部(原文より)
現今印度の大衆を皷舞しつつあるスワデシの希望は、あらゆる讃辭に値ひするが、彼等はそれが實行の途上に横はつてゐる困難を十分に認識してゐないやうに私は思はれる。誓ひはいつでも成就の困難でない事柄に關してのみなさるるものだ。何事かを爲さんとして、努力を續けた後で失敗する時、これを成就せんとの誓ひを立て、背水の陣を布くならば、吾々はその誓ひから釋放され得ないから、失敗を避けることが出來るのである。かかる斷乎たる決心に達せざるものは、誓ひと呼ぶことが出來ない。吾々が何事かを爲す場合に、出來るだけやつて見ようと云ふのは誓約でもなければ誓言でもない。スワデシの條件を出來るだけ守らうと云へば、スワデシの誓ひを立てたことになるのなら、總督から勞働者に至る大勢の人民の中で、スワデシの誓ひを立てないものは極く少數となるであらう。しかし、吾々はかかる範圍を拔け出して、一層高い目的を目指したいのだ。吾々が考へるやうな行爲と、上に述べたやうな行爲との間には、直角と鋭角の相違のやうに大變な相違があるのだ。そして、吾々がこの精神をもつてスワデシの誓ひを立てるならば、大なる誓を立てることは、ほとんど不可能に近いことが明かとなるであらう。
「スワデシの誓」ガンディー(青空文庫)
末尾部(原文より)
私はすべての印度教徒、囘教徒、シーク教徒、教徒、基督教徒、及び猶太人にして、印度國民たる信念をもつ人々が、スワデシの誓ひをなし、又他人にも同じ誓ひを立てるよう勸説せんことを懇願するものである。吾々が國家のためにかかる些事をすらなすことが出來ないとすれば、吾々は空しくこの國に生れたのであると私は心から信ずる。識者はかかるスワデシが純粹の經濟的意義を有することを知るであらう。私は、男も婦人もすべて私の謙遜なるこの暗示に就て眞面目に考慮されんことを望むものである。英國の經濟の模倣は、必ずや吾々の破滅を將來するであらう。
「スワデシの誓」ガンディー(青空文庫)
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