総理大臣が貰つた手紙の話(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
泥棒が首相へ説く人生訓
- 風刺
- 社会
- 文字数
- 8,217字
- 読了目安
- 約16分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1939年11月の「文学者」第一巻第十一号に載った掌編。総理大臣官邸に届いた書留の分厚い手紙は、泥棒を業とする「勤勉な市民」からの上書だった。手紙の中身を中心に、借金より泥棒のほうが健全だとする逆説、神奈川県でスリを公認すればどうなるかという思考実験、人を見たら泥棒と思えという処世訓が、真面目な口調で延々と語られる。風刺と戯れの入りまじった安吾らしい寓話である。
あらすじ
いつの頃か、総理大臣官邸へ書留の分厚い手紙が届く。手紙を読むために雇われた役人が開けると、差出人は泥棒を業とする勤勉な市民だと名乗っていた。彼は、借金は良くないが、庶民には不時の急場があり、賭博や競馬では取り返せない時には泥棒を働くしかないと述べる。泥棒は明朗健全で、盗まれた金は諦めがつき、貸した金のように人間関係をこじらせないという。さらに、神奈川県でスリを公認する思考実験を持ち出す。すると人々は油断をしなくなり、礼節が育ち、眼付が鋭くなって、人間が美しく生まれ変わる。体を鍛えた筋肉は不自然な肉塊で、本当の健康は油断のない心にあると主張し、恋人にも女房にも同盟国にも油断してはならない、人を見たら泥棒と思えと説く。家庭生活も根柢から変革され、為政者は容姿に魅力が必要だとまで言い、総理大臣に三思三省を求めて筆をおく。国のことを案じる人々は総理に手紙を書くが、手紙を読む役人はつまらなさそうな顔でそれを読み、背伸びをして紙屑籠へ投げこんでしまう。
冒頭部(原文より)
いつの頃だか知らないが、或る日総理大臣官邸へ書留の手紙がとどいた。大変分厚だ。危険と書いた道路の建札と同じぐらゐ大きな書体で、親展と朱肉で捺してあるのである。けれども、なんにも役に立たない。 かういふ手紙を読むために一役ありついた役人がゐて、つまらなさうな顔をしながら毎日手紙を読んでゐる。この役人が開いてみると、ザッと次のやうな大意のことが書いてあつた。 二 自分は住所姓名を打開けることをはばかるが、泥棒を業とする勤勉な市民である。 貴殿の施政方針には泥棒に関する事項がないから、貴殿が自分等の職業に対してどういふ見解を所持してゐるか推察することが出来ないのだが、多数の教養ある人士が甚だこの誤解を犯し易いやうに、貴殿も亦、泥棒とは殺人犯や放火犯や強盗などと同様に安寧秩序を乱すやからであるとお考へであつたなら、この際思ひ直す必要がある。
「総理大臣が貰つた手紙の話」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
国のことを心配するのは大臣だけではないのである。思はぬところで色々の人が心を痛めてゐるのである。そこでつひ思ひ余つて、総理大臣へ手紙を書く。新聞雑誌は相手になつて呉れないし、警察へ出頭して日頃の意見を開陳しても気違扱ひするからである。 総理大臣が読んでくれればなんとかなるかも知れないが、これがさつきも言ふ通り、かういふ手紙を読むために一役ありついた役人がゐて、この男がつまらなさうな顔をしながら毎日手紙を読んでゐる。 で、この男がつまらなさうな顔をしながら、この手紙を読んでしまつた。さうして、アッアッアと背延びをしながら紙屑籠へ投げこんだから、どこの紳士だか知らないが、女房子供に気を配つて油断なく書き上げた手紙であらうに、なんにもならなくなつたのである。
「総理大臣が貰つた手紙の話」坂口安吾(青空文庫)
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