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風博士(坂口安吾)のあらすじ・登場人物

「紛失」した博士のナンセンス

  • 風刺

坂口安吾 1931年(昭和6年)6月 「青い馬」

文字数
5,389字
読了目安
約11分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 東京都

この作品について

1931年6月、「青い馬」第二号に発表され、牧野信一の賞賛によって坂口安吾が注目を集めるきっかけとなった短編。偉大な風博士は、遺書を残して「紛失」した。疑いをかけられた語り手の「僕」は、読者を「諸君」と呼び、博士の死を信じるよう熱弁を振るう。その中に挟まれる遺書は、宿敵の蛸博士に対する悪口と、自分の学説を誇る言葉に満ちている。「然り」「否」と断言を重ね、証拠を挙げているようでいて、論理はたちまち妙な方向へ走り出す。立派な演説や学問の議論に似た語り口と、そこで語られる途方もない内容とのずれが笑いを生む。話の真偽を落ち着いて見定める間もなく、読者を畳みかける言葉の勢いそのものが、物語を動かしてゆく。戦後の評論で知られる安吾の、初期の奔放な笑いを味わえる作品。言葉で相手を説き伏せようとする態度まで可笑しさに変えている。

あらすじ

諸君は風博士を御存じであろうか。偉大なる風博士は遺書だけを残して杳として紛失し、語り手の「僕」は共謀の嫌疑をかけられて困っている。遺書によれば、風博士の宿敵・蛸博士は禿頭を鬘で隠す憎むべき人物であり、風博士の婚約者たるべき乙女を横取りした大悪党である。復讐を誓った風博士は、結婚式の当日、蛸博士の鬘を剥ぎ取って全世界にその禿頭を暴露せんと、白昼堂々その邸宅に忍び込む。だが浴室の扉を開けると、そこに居たのは蛸博士の花嫁であった。計画は成らず、絶望した風博士は遺書をしたためる——しかし僕が目撃したのは、シルクハットの博士が疾風のごとく駆け出し、開いた形跡のない戸口から忽然と消え失せる瞬間だった。博士は風になったのである。果して風となったか? 然り、風となったのである。その動かすべからざる科学的根拠として、まさに同じ瞬間、憎むべき蛸博士はインフルエンザに犯されたのである。

登場人物

冒頭部(原文より)

諸君は、東京市某町某番地なる風博士の邸宅を御存じであろう乎? 御存じない。それは大変残念である。そして諸君は偉大なる風博士を御存知であろうか? ない。嗚呼。では諸君は遺書だけが発見されて、偉大なる風博士自体は杳として紛失したことも御存知ないであろうか? ない。嗟乎。

「風博士」坂口安吾(青空文庫)

末尾部(原文より)

諸君、偉大なる博士は風となったのである。果して風となったか? 然り、風となったのである。何となればその姿が消え失せたではないか。姿見えざるは之即ち風である乎? 然り、之即ち風である。何となれば姿が見えないではない乎。これ風以外の何物でもあり得ない。風である。然り風である風である風である。諸氏は尚、この明白なる事実を疑るのであろうか。それは大変残念である。それでは僕は、さらに動かすべからざる科学的根拠を附け加えよう。この日、かの憎むべき蛸博士は、恰もこの同じ瞬間に於て、インフルエンザに犯されたのである。

「風博士」坂口安吾(青空文庫)

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