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吊籠と月光と(牧野信一)のあらすじ・登場人物

月夜に浮かぶ友の船の夢

  • 幻想
  • 風刺

牧野信一 1930年(昭和5年)3月 「新潮」

文字数
13,035字
読了目安
約26分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

牧野信一が1930年(昭和5年)3月の「新潮」に発表した短編。哲学と芸術の分かれ道で行き詰まった「僕」が、自分を呑気な詩人A、ストア派の哲学者B、ピサの斜塔で球を落とし続ける物理学生Cの三人に分け、彼らを諸国遍歴の旅に送り出すという空想から始まる。インディアンの羽根飾りをかぶり、フェンシングの剣を手に月夜の村へ飛び出した「僕」は、居酒屋で漁師の友人「七郎丸」に出会う。バニヤンやセルバンテス、スウィフトなど西洋の文学や哲学の引用を散りばめ、空想と現実が入りまじる饒舌な語りで、海辺の村の月夜を祝祭的に描く。いわゆる「ギリシャ牧野」と呼ばれる時期の、幻想的な作風がよく表れた一編である。

あらすじ

哲学と芸術の分岐点で頭を抱えていた「僕」は、自分を三つの個性に分けて空想の世界で遊ばせる術を覚えた。呑気な詩人のA、聖人とストア学徒に従う哲学者のB、ピサの斜塔から金属の球を落とし続けて悲しげな物理学生のCである。互いに不和なこの三人を諸国遍歴の旅に出そうと思いついた僕は、嬉しさのあまりインディアンの羽根飾りの冠とガウンを身につけ、フェンシングの剣を振りかざして月夜の村の街道へ駆け出し、国境の丘で三人を見送った。居酒屋「マーメイド・タバン」の娘に呼び止められ、夜釣りに行くつもりだと言い訳したところへ、漁家の友人・七郎丸が現れる。かつて家名と持ち舟を失い、魚見櫓で観測係を務めてきた七郎丸は、僕を抱きしめて泣き、再び「七郎丸」の旗を舟に立てられることになったと告げる。二人は十年近く前の酔った晩、壁に旗を掲げて、その日が来たら舟を共有して奮闘しようと誓い合っていた。魚見櫓の部屋で旗を下ろしながら浮かれていると、浜の船大工・丸源の工房から鑿の音が聞こえてくる。焚火に照らされて夜業に励む職人たちを見つめるうち、僕の目には、旅立たせたA・B・Cの三人が槌をふるい、亡き祖父や父たちがそれを見守っている幻が映る。やがて妻や弟、共同生活を送る若者たちが、僕の本や時計や着物を売って米や弾丸やガソリンを買いこんで吊籠のエレベーターで上がってくる。着物を奪われたと泣き崩れる僕をよそに、七郎丸は船ができたら皆で乗り移ろうと演説し、一同は歓声を上げる。酒を買いに行く妻たちを吊籠で降ろしながら、僕は明るい談笑を背に、仕事中のエレベーター係を務めていた。

登場人物

冒頭部(原文より)

 僕は、哲学と芸術の分岐点に衝突して自由を欠いた頭を持てあました。息苦しく悩ましく、砂漠に道を失ったまま、ただぼんやりと空を眺めているより他に始末のない姿を保ち続けていた。  いつの頃からか僕は、自己を三個の個性に分けて、それらの人物を架空世界で活動させる術を覚えて、幾分の息抜きを持った。で、なく、あの迷妄を一途に持ち続けていたらあの遣場のない情熱のために、この身は風船のように破裂したに相違あるまい。

「吊籠と月光と」牧野信一(青空文庫)

末尾部(原文より)

 妻の口笛が、遠くに聞えた。  部屋のうちは明るい談笑に満ちていてどれが誰の言葉やらも区別出来なかったが、誰かが誰かを、 「スリップス・ロップ!」 と嘲笑したりしているのが、仕事中のエレベーター係りの耳に聞えた。

「吊籠と月光と」牧野信一(青空文庫)

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