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ゼーロン(牧野信一)のあらすじ・登場人物

老いた駄馬と行く空想の道行き

  • 幻想
  • 風刺

牧野信一 1931年(昭和6年)10月 「改造」

文字数
14,453字
読了目安
約29分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 神奈川県

この作品について

牧野信一の代表作で、故郷の足柄の風景をギリシア神話や中世騎士道の世界になぞらえる独自の作風「ギリシャ牧野」を凝縮した幻想的な短編。自らをモデルにしたブロンズ胸像を老いた駄馬ゼーロンの背に載せ、山中の友のもとへ運ぼうとする「私」の一日の道行きが、諧謔と空想の入りまじった奔放な文体で描かれる。現実と妄想が溶け合ってゆく牧野文学の頂点をなす一編である。

あらすじ

「新しい原始生活」に向かうべく身辺を整理した「私」は、売ることのできない一個のブロンズ胸像――彫刻家・経川が自分をモデルに作った「マキノ氏像」――の始末に迷い、山峡に住む先輩・藤屋氏のもとへ運んで保存を乞うことに決める。頑丈な登山袋に像を収め、杖と山刀を手に出発した「私」は、水車小屋で馬車挽き馬のゼーロンを借り受け、達磨に似たヤグラ嶽をめざす。ところがゼーロンは名馬どころか、老いさらばえて言うことを聞かぬ跛の駄馬だった。重い像を背負い、頑固な馬を叱咤しながら難所の山道を進むうち、「私」の意識のなかでは現実と空想が境を失ってゆく。背中の像が生命を得て踊り出し、森は水底に、烏は魚に見え、ゼーロンと「私」には鰓が生えたようだ――重荷に背の皮膚を破られながら、「私」は幻想の光景に見惚れつつ、この厄介な胸像をいっそ鬼涙沼の底へ投げ込んでしまおうかと思うのだった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 更に私は新しい原始生活に向うために、一切の書籍、家具、負債その他の整理を終ったが、最後に、売却することの能わぬ一個のブロンズ製の胸像の始末に迷った。  私は特別に頑丈な大型の登山袋にそれを収めて、太い杖を突き、一振りの山刀をたばさんで出発した。新しく計画した生活上のプロットが既に目睫に迫っている折からだったので、この行程は最も速やかに処置して来なければならなかった。で私は、早朝に新宿を起点とする急行電車に性急な登山姿の身を投じ、終点の四駅程手前の柏駅で降りると息をつく間もなく道を北方に約一里溯った塚田村に駆け登って、予定の如く知合いの水車小屋から馬車挽き馬のゼーロンを借り出さなければならなかった。

「ゼーロン」牧野信一(青空文庫)

末尾部(原文より)

 絶え間もない突撃をゼーロンの臀部に加えながら、沼の底に似た森にさしかかった。樹々の梢が水底の藻に見え、「水面」を仰ぐと塒へ帰る烏の群が魚に見え、ゼーロンにも私にも鰓があるらしかった。――それにしても重荷のために背中の皮膚が破れて、ビリビリと焼かるるように水がしみる! 血でも流れていはしないか? と私は思った。

「ゼーロン」牧野信一(青空文庫)

名文

更に私は新しい原始生活に向うために、一切の書籍、家具、負債その他の整理を終ったが、最後に、売却することの能わぬ一個のブロンズ製の胸像の始末に迷った。

牧野信一『ゼーロン』の書き出し。自分をモデルにした胸像を持て余す「私」の珍妙な道行きが、ここから始まる。

絶え間もない突撃をゼーロンの臀部に加えながら、沼の底に似た森にさしかかった。樹々の梢が水底の藻に見え、「水面」を仰ぐと塒へ帰る烏の群が魚に見え、ゼーロンにも私にも鰓があるらしかった。

老馬ゼーロンを追い立てて森を進む終盤の一節。森が沼の底に変わってゆく幻想に、現実と空想が溶け合う牧野文学の味わいが凝縮している。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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