貝の穴に河童の居る事(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
ひょう、ひょう。 かあ、かあ。
- 幻想
- 風刺
- 文字数
- 16,260字
- 読了目安
- 約33分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
海辺の鎮守の森を舞台に、河童と鴉と天狗、そして姫神が入り乱れる泉鏡花晩年の異色作。人の言葉づかいが崩れた河童の語り口と、ひょうひょう・かあかあという鳴き交わしの音が、他に類のない読み心地をつくり出す。鏡花の言語遊戯が極まった一編である。
あらすじ
雨を含んだ風が吹き、磯の香が満ちる夕暮れ。鎮守の明神の石段を、ぼろを身にまとい一本杖にすがった小さな影が、啾々と不気味な音を立てながら一段一段這い上がってゆく。それは人ではなく河童であった。海辺の村では、河童が村の娘に懸想して悪さをするという噂が立っている。この河童は、姫神に仕える鴉に見咎められ、翁と呼ばれる者の前に引き出されて、しどろもどろの言い訳を並べる。「怯弱の微輩」「馬蛤の穴へ落ちたりとも、空を翔けるは、まだ自在」——河童の口上は、へりくだりながらもどこか図々しく、鏡花独特のねじれた敬語で綴られてゆく。物語のあいだには、村の女たちの噂話、社の祭礼、そして姫神の姿がちらちらと差しはさまれる。やがて河童は御恩の姫君のためとあれば水も火も自在に消してみせると請け合い、「ごめん」と言うなり、ひょうと飛んだ。翁がふたふたと手を拍って笑い、「漁師町は行水時よの。……見送ってやれの――鴉、鴉」と命じる。以後、物語は言葉を離れる。ひょう、ひょう。かあ、かあ。ひょう、ひょう。かあ、かあ——低く垂れこめた雲の下、荒海の上を飛び交う二つの声だけが響き交わし、雨がどっと降るなかで幕を閉じる。
登場人物
- 河童 姫神に仕える身でありながら悪さをする
- 翁 河童を裁く者
- 鴉 姫神の使い
- 姫神 海辺の社の主
冒頭部(原文より)
雨を含んだ風がさっと吹いて、磯の香が満ちている――今日は二時頃から、ずッぷりと、一降り降ったあとだから、この雲の累った空合では、季節で蒸暑かりそうな処を、身に沁みるほどに薄寒い。…… 木の葉をこぼれる雫も冷い。……糠雨がまだ降っていようも知れぬ。
「貝の穴に河童の居る事」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
ひょう、ひょう。 かあ、かあ。 ひょう、ひょう。 雲は低く灰汁を漲らして、蒼穹の奥、黒く流るる処、げに直顕せる飛行機の、一万里の荒海、八千里の曠野の五月闇を、一閃し、掠め去って、飛ぶに似て、似ぬものよ。 かあ、かあ。 ひょう、ひょう。
「貝の穴に河童の居る事」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
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