旅僧(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
船上で説く自らを恃む心
- 心理
- 文字数
- 4,514字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 福井県
- 石川県
この作品について
敦賀から金石へ向かう汽船加能丸を舞台にした短編。法華宗の旅僧が一人だけ乗り合わせたため、「一人坊主」を不吉とする乗客たちが騒ぎ立てる。文語調の硬質な文体で、船乗りの迷信と僧の気骨、そして信仰のありかを描く。後年の幻想作とは趣が異なる、初期の教訓的な味わいの作品である。
あらすじ
秋のはじめ、汽船加能丸が敦賀を出て金石へ向かう。船に一人の法華僧が乗ったので、門徒の多い乗客たちは、船乗りが忌む「一人坊主」の不吉を気に病み、僧を睨みつける。僧は天気を問われても平然として、船が覆るのを恐れる者は罪を懺悔するか自分の弟子になれと言い、そのまま肱枕で眠ってしまう。数時間後、空が暗くなり風が出ると、乗客たちは僧のせいだと恨みを募らせる。僧は信仰の弱さを嘆き、「私がいなければ大丈夫だと思って信仰なさい」と言い残して海へ身を躍らせる。水夫に救われた僧は、一転して身を殺して仁をなす聖人と崇められる。僧は法話を求められ、かつて船で出会った、嵐の中でも平然としていた姉弟の話を語り、他人よりも自分を信仰せよと説いて、名も告げずに去っていく。
登場人物
- 旅僧 四十二三歳の法華宗の僧。痩せて黒く、ひげが斑に生えている
- 乗客 門徒が多い。「一人坊主」を恐れて僧を憎む
- 姉弟 僧が以前の航海で見た、東京へ修行に出ている若い姉と弟
冒頭部(原文より)
去にし年秋のはじめ、汽船加能丸の百餘の乘客を搭載して、加州金石に向ひて、越前敦賀港を發するや、一天麗朗に微風船首を撫でて、海路の平穩を極めたるにも關はらず、乘客の面上に一片暗愁の雲は懸れり。 蓋し薄弱なる人間は、如何なる場合にも多くは己を恃む能はざるものなるが、其の最も不安心と感ずるは海上ならむ。 然れば平日然までに臆病ならざる輩も、船出の際は兎や角と縁起を祝ひ、御幣を擔ぐも多かり。「一人女」「一人坊主」は、暴風か、火災か、難破か、いづれにもせよ危險ありて、船を襲ふの兆なりと言傳へて、船頭は太く之を忌めり。其日の加能丸は偶然一人の旅僧を乘せたり。乘客の暗愁とは他なし、此の不祥を氣遣ふにぞありける。
「旅僧」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
船の港に着きけるまで懇に説聞かして、此殺身爲仁の高僧は、飄然として其名も告げず立去りにけり。
「旅僧」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
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