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かもめ(チェーホフ)のあらすじ・登場人物

わたしは――かもめ

  • 恋愛
  • 心理
  • 翻訳

チェーホフ 訳者 神西清 

文字数
54,229字
読了目安
約1時間48分
表記
新字新仮名

この作品について

チェーホフの四幕の喜劇(1896年初演)を神西清の訳で読む。ペテルブルグでの初演は大失敗に終わったが、1898年にモスクワ芸術座が再演して成功を収め、同座はのちにかもめを紋章に掲げた。湖畔の屋敷を舞台に、新しい演劇を夢見る青年トレープレフ、女優を志す娘ニーナ、トレープレフの母で名の売れた女優アルカージナ、その愛人の流行作家トリゴーリンらが、すれ違う恋と芸術への野心のなかで傷つけ合う。射ち落とされた一羽のかもめが登場人物の運命を映す象徴として扱われ、近代劇の出発点のひとつに数えられる。

あらすじ

湖のほとりにあるソーリン家の領地。女優アルカージナの息子トレープレフは、伯父ソーリンの庭に仮舞台をこしらえ、恋人ニーナを主演に自作の芝居を上演する。古い型の演劇を否定する前衛的な劇だったが、母アルカージナに茶化されて、彼は怒って幕を下ろしてしまう。ニーナは、アルカージナが連れてきた愛人で流行作家のトリゴーリンに憧れを抱く。屋敷の支配人の娘マーシャはトレープレフを想い、教員メドヴェージェンコはマーシャを想うという、思いの届かない恋が幾重にもからみ合う。トレープレフは射ち落としたかもめをニーナの足もとに置くが、彼女の心はもう離れていた。トリゴーリンはそのかもめを見て、湖畔に住む娘がふとやって来た男に退屈しのぎに破滅させられるという、短編の題材を思いつく。トレープレフは自殺を図って傷を負い、ニーナは女優になる決心をして、モスクワへ発つトリゴーリンのあとを追う。それから二年。作家として世に出始めたトレープレフのもとへ、トリゴーリンに捨てられ子どもも亡くし、地方回りの女優となったニーナが、ある秋の夜にひそかに訪ねてくる。彼女はうわ言のように「わたしは――かもめ」と繰り返しながらも、大事なのは名声ではなく耐え忍ぶ力だと語り、再び去っていく。ひとり残ったトレープレフは原稿を破り捨て、部屋を出る。やがて奥の部屋から一発の銃声が響く。

登場人物

冒頭部(原文より)

第一幕 ソーリン家の領地内の廃園の一部。広い並木道が、観客席から庭の奥のほうへ走って、湖に通じているのだが、家庭劇のため急設された仮舞台にふさがれて、湖はまったく見えない。仮舞台の左右に灌木の茂み。椅子が数脚、小テーブルが一つ。 日がいま沈んだばかり。幕のおりている仮舞台の上には、ヤーコフほか下男たちがいて、咳ばらいや槌音が聞える。散歩がえりのマーシャとメドヴェージェンコ、左手から登場。 メドヴェージェンコ あなたは、いつ見ても黒い服ですね。どういうわけです? マーシャ わが人生の喪服なの。あたし、不仕合せな女ですもの。 メドヴェージェンコ なぜです? (考えこんで)わからんですなあ。……あなたは健康だし、お父さんにしたって金持じゃないまでも、暮しに不自由はないし。僕なんか、あなたに比べたら、ずっと生活は辛いですよ。月に二十三ルーブリしか貰ってないのに、そのなかから、退職積立金を天引きされるんですからね。それだって僕は、喪服なんか着ませんぜ。(ふたり腰をおろす) マーシャ お金のことじゃないの。貧乏人だって、仕合せにはなれるわ。

「かもめ」チェーホフ(青空文庫)

末尾部(原文より)

シャムラーエフ (トリゴーリンを戸棚のほうへひっぱって行く)そらこれが、さっきお話しした品ですよ……(戸棚から鴎の剥製をとり出す)あなたのご注文で。 トリゴーリン (鴎を眺めながら)覚えがない! (小首をかしげて)覚えがないなあ! 右手の舞台うらで銃声。一同どきりとなる。 アルカージナ (おびえて)なんだろう? ドールン なあに、なんでもない。きっと僕の薬カバンのなかで何か破裂したんでしょう。心配ありません。(右手のドアから退場して、半分間ほどで戻ってくる)やっぱりそうでした。エーテルの壜が破裂したんです。(口ずさむ)「われふたたび、おんみの前に、恍惚として立つ」…… アルカージナ (テーブルに向ってかけながら)ふっ、びっくりした。あの時のことを、つい思い出して……(両手で顔をおおう)眼のなかが、暗くなっちゃった…… ドールン (雑誌をめくりながら、トリゴーリンに)これに二カ月ほど前、ある記事が載りましてね……アメリカ通信なんですが、ちょっとあなたに伺いたいと思っていたのは、なかでもその……(トリゴーリンの胴に手をかけ、フットライトのほうへ連れてくる)……なにしろ僕は、その問題にすこぶる興味があるもので……(調子を低めて、小声で)どこかへアルカージナさんを連れて行ってください。じつは、トレープレフ君が、ピストル自殺をしたんです。…… ――幕――

「かもめ」チェーホフ(青空文庫)

名文

わが人生の喪服なの。あたし、不仕合せな女ですもの。

チェーホフ『かもめ』の幕開き、なぜいつも黒い服を着るのかと問われたマーシャの答え。報われない恋に沈む人々の喜劇は、この一言から始まる。

わたしは――かもめ。……いいえ、そうじゃない。わたしは――女優。そ、そうよ!

第四幕、二年ぶりにトレープレフを訪ねたニーナの言葉。自分を射落とされた鴎に重ねては打ち消す、揺れる心がそのまま台詞になっている。

わたしたちの仕事で大事なものは、名声とか光栄とか、わたしが空想していたものではなくって、じつは忍耐力だということが、わたしにはわかったの、得心が行ったの。おのれの十字架を負うすべを知り、ただ信ぜよ――だわ。

同じ場面でニーナが語る、苦しい日々の末につかんだ覚悟。名声を夢見た娘が「忍耐」にたどり着く、本作でもっとも知られた一節。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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