アプリで読む

無料・登録不要

ワーニャ伯父さん(チェーホフ)のあらすじ・登場人物

それでも、生きていかなければ

  • 心理
  • 家族
  • 翻訳

チェーホフ 訳者 神西清 

文字数
53,418字
読了目安
約1時間47分
表記
新字新仮名

この作品について

チェーホフの四大戯曲のひとつで、「田園生活の情景」と副題された四幕劇(1897年刊、1899年にモスクワ芸術座で上演)。翻訳は、チェーホフの戯曲の名訳で知られる神西清による。片田舎の屋敷で、亡き妹の夫である大学教授のために二十五年働き続けてきた中年男ワーニャが、その恩人を俗物と見抜いてしまったときの絶望と怒りを、姪ソーニャ、医師アーストロフ、教授の若い後妻エレーナらとの交わりの中に描く。大きな事件の起こらない日常から人生の空しさと、それでも生きていく人々の姿を浮かび上がらせ、幕切れのソーニャの長い台詞はとりわけよく知られる。映画「ドライブ・マイ・カー」で劇中劇として取り上げられたことでも話題になった。

あらすじ

退職した大学教授セレブリャコーフが、若く美しい後妻エレーナを連れて、田舎の屋敷へ移り住んでくる。この領地はワーニャの父が、教授に嫁いだ妹の嫁入り支度に買い与えたもので、いまは亡き妹の娘ソーニャのものになっている。ワーニャは妹のためにこの土地の相続権を放棄し、二十五年間、身を粉にして領地を切り盛りし、その上がりを教授に送り続けてきた。ワーニャも母のヴォイニーツカヤ夫人も、教授を偉大な学者と信じて疑わなかった。ところが、そばで暮らしてみると教授は、持病の痛風をこぼしては家じゅうを振り回す、自分のことしか頭にない凡庸な男にすぎなかった。ワーニャは自分の一生が無駄だったと思い知らされ、エレーナに報われない思いを寄せる。屋敷に通う医師アーストロフは、森を守り育てることに情熱を注ぐ一方、すさんだ暮らしに倦んでいる。ソーニャはひそかに彼を慕うが、アーストロフの心はエレーナに傾いていく。ある日、教授は一同を集め、この領地を売り払って利子で都会に暮らしたいと言い出す。二十五年の労苦を踏みにじられたワーニャは逆上し、教授にピストルを二度撃つが、どちらも外れる。結局、教授夫妻は町へ去り、アーストロフも帰っていく。残されたワーニャとソーニャは、もとどおりの帳簿づけに戻り、ソーニャは泣く伯父に、いつか神さまのもとで「ほっと息がつける」日が来るのだと語りかける。

登場人物

冒頭部(原文より)

第一幕 庭。ベランダのついた家の一部が見える。並木道のポプラの老樹の下に、テーブルがあって、お茶の支度ができている。ベンチ、椅子、それぞれ数脚。ベンチの一つに、ギターが載っている。テーブルのじきそばに、ブランコがさがっている。午後二時すぎ。 曇り日。 マリーナ(ぶよぶよした、動きの少ない老婆)が、サモワールの前に坐って靴下を編んでいる。アーストロフが、そばを歩き回っている。 マリーナ (コップに茶をつぐ)お一ついかが、旦那。 アーストロフ (気乗りのしない様子で、コップを受ける)あんまり欲しくもないがね。 マリーナ ウオトカならあがるんでしょう。 アーストロフ いいや、ウオトカも毎日はやらない。それに、今日は蒸し蒸しするしな。(間)ねえ、ばあやさん。あんたと知り合いになってから、どれくらいになるかなあ。 マリーナ (考えながら)どれくらい? そうですね。……あんたが、この土地においでたのは……あれは、いつだったか……まだソーニャちゃんのお母御の、ヴェーラ様がご存命の頃でしたわねえ。あの方がおいでの時分、あんたは、ふた冬ここへ、かよって見えましたよ。……すると、かれこれもう、十一年になるわけですねえ、(思案して)それとも、もっとになるかしら。

「ワーニャ伯父さん」チェーホフ(青空文庫)

末尾部(原文より)

ソーニャ ほっと息がつけるんだわ! その時、わたしたちの耳には、神さまの御使たちの声がひびいて、空一面きらきらしたダイヤモンドでいっぱいになる。そして私たちの見ている前で、この世の中の悪いものがみんな、私たちの悩みも、苦しみも、残らずみんな――世界じゅうに満ちひろがる神さまの大きなお慈悲のなかに、呑みこまれてしまうの。そこでやっと、私たちの生活は、まるでお母さまがやさしく撫でてくださるような、静かな、うっとりするような、ほんとに楽しいものになるのだわ。私そう思うの、どうしてもそう思うの。……(ハンカチで伯父の涙を拭いてやる)お気の毒なワーニャ伯父さん、いけないわ、泣いてらっしゃるのね。……(涙声で)あなたは一生涯、嬉しいことも楽しいことも、ついぞ知らずにいらしたのねえ。でも、もう少しよ、ワーニャ伯父さん、もう暫くの辛抱よ。……やがて、息がつけるんだわ。……(伯父を抱く)ほっと息がつけるんだわ! 夜番の拍子木の音。――テレーギン、忍び音に弾いている。ヴォイニーツカヤ夫人は、パンフレットの余白に何やら書きこんでいる。マリーナは靴下を編んでいる。 ソーニャ ほっと息がつけるんだわ。 ――静かに幕――

「ワーニャ伯父さん」チェーホフ(青空文庫)

名文

そして、もし千年ののち人間が仕合せになれるものとすれば、僕の力も幾分はそこらに働いているわけなのだと、そんな気がしてくるのだ。

第一幕、森を守り木を植え続ける医師アーストロフの言葉。田舎の閉塞の中で、はるか未来の人々の幸福に希望を託すチェーホフらしい台詞。

ね、ワーニャ伯父さん、生きていきましょうよ。長い、はてしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を、じっと生き通していきましょうね。

幕切れ近く、元の暮らしに戻った屋敷で、姪のソーニャが伯父を慰める言葉。神西清の訳で広く知られた、チェーホフ劇屈指の結び。

でも、もう少しよ、ワーニャ伯父さん、もう暫くの辛抱よ。……やがて、息がつけるんだわ。

ソーニャの長い台詞の締めくくり。くり返される「息がつける」に、報われない日々を耐える人の祈りがこめられている。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

青空文庫の図書カード

同じ作家の作品

近い作品