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六号室(チェーホフ)のあらすじ・登場人物

精神病棟の院長と患者

  • 心理
  • 翻訳

チェーホフ 訳者 瀬沼夏葉 1906年(明治39年)4月 「文藝界」

文字数
46,444字
読了目安
約1時間33分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

ロシアの作家チェーホフが1892年に発表した中編「六号室」を、チェーホフを日本で最初に紹介した瀬沼夏葉が訳したもの。1906年(明治39年)に雑誌「文藝界」に掲載され、1908年に『露国文豪 チエホフ傑作集』に収められた。田舎町の病院の精神病棟を舞台に、病院長と一人の患者の対話を通して、無力な知識人の諦めと、人間の自由とは何かを問う。

あらすじ

ロシアの田舎町の町立病院、その庭の奥に「六号室」と呼ばれる別棟がある。精神を病んだ患者たちが閉じ込められた監獄のような病室で、番人のニキタが拳で秩序を保っている。患者の一人、元役人のイワン・デミトリチは被害妄想に苦しみながらも、人間や社会について雄弁に語る聡明な男である。病院長のアンドレイ・エヒミチは、本を愛し思索を好む温厚な人物で、病院の荒廃を知りながら「どうせ人は死ぬのだ」と何も改めずにきた。ある日六号室を訪れた院長は、イワン・デミトリチと言葉を交わして彼の知性に惹かれ、以後たびたび通っては哲学談義を楽しむようになる。やがて院長が精神病棟に入り浸っていることが噂になり、若い医師ハバトフは院長自身の精神を疑いはじめる。院長は唯一の友人である郵便局長に誘われて旅に出るが、帰ってくると職を追われていた。そして院長自身が六号室に閉じ込められ、扉に鍵がかけられる。自分は正気だと訴えても聞き入れられず、逃げ出そうとしてニキタに殴られた院長は、そこで初めて、自分が見過ごしてきたものの重さを知ることになる。

登場人物

冒頭部(原文より)

 町立病院の庭の内、牛蒡、蕁草、野麻などの簇り茂ってる辺に、小やかなる別室の一棟がある。屋根のブリキ板は錆びて、烟突は半破れ、玄関の階段は紛堊が剥がれて、朽ちて、雑草さえのびのびと。正面は本院に向い、後方は茫広とした野良に臨んで、釘を立てた鼠色の塀が取繞されている。この尖端を上に向けている釘と、塀、さてはまたこの別室、こは露西亜において、ただ病院と、監獄とにのみ見る、儚き、哀な、寂しい建物。  蕁草に掩われたる細道を行けば直ぐ別室の入口の戸で、戸を開けば玄関である。

「六号室」チェーホフ(青空文庫)

末尾部(原文より)

こんどは農婦が手に書留の郵便を持って、それを自分に突出した。何かミハイル、アウエリヤヌイチが云うたのであるが、直に皆掻消えてしまった。かくてアンドレイ、エヒミチは永刧覚めぬ眠には就いた。  下男共は来て、彼の手足を捉り、小聖堂に運び去ったが、彼が眼いまだ瞑せずして、死骸は台の上に横臥っている。夜に入って月は影暗く彼を輝した。翌朝セルゲイ、セルゲイチはここに来て、熱心に十字架に向って祈祷を捧げ、自分等が前の院長たりし人の眼を合わしたのであった。  一日を経て、アンドレイ、エヒミチは埋葬された。その祈祷式に預ったのは、ただミハイル、アウエリヤヌイチと、ダリュシカとで。

「六号室」チェーホフ(青空文庫)

名文

この尖端を上に向けている釘と、塀、さてはまたこの別室、こは露西亜において、ただ病院と、監獄とにのみ見る、儚き、哀な、寂しい建物。

チェーホフ『六号室』の冒頭、精神病棟を描く一文。明治の女性翻訳家・瀬沼夏葉の、漢語の多い文語まじりの訳文が味わえる。

私の知っているのは、神が人を熱血と、神経とより造ったと云うことだけです! また有機的組織は、もしそれが生活力をもっているとすれば、総ての刺戟に反応を起すべきものである。それで私は反応しています。

患者グロモフが、苦痛を軽んじる哲学を説く院長に食ってかかる言葉。痛みに声をあげることこそ生きることだという、本作の核となる議論。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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