老嬢と猫(モーリス・ルヴェル)のあらすじ・登場人物
貞潔な老嬢と老猫の夜
- 心理
- 翻訳
- 文字数
- 4,593字
- 読了目安
- 約9分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
フランスの作家モーリス・ルヴェルの短編を、『新青年』の翻訳で知られる田中早苗が訳したもの。1927年(昭和2年)6月号の『新青年』に掲載され、1928年の短編集『夜鳥』に収められた。貞潔を誇りとする信心深い老嬢と、飼い猫をめぐる、皮肉な味わいの物語。
あらすじ
その老嬢は、毎朝六時に町の時計が鳴ると家を出て、最初のミサを聴きに教会へ通う。郊外の古びた家に一人で住み、灰色の老いた牝猫プセットだけを伴侶にして、鎧戸を閉めた部屋で静かに暮らしている。自分の純潔を何よりの誇りとする彼女は、恋にまつわるものをすべて嫌い、さかりのついた牡猫が鳴けばプセットを閉じ込めて、窓から怒鳴りつけた。ところがある夏の晩、長いあいだ眠っていたプセットの本能が目覚め、猫は半開きの戸口から庭へ飛び出してしまう。屋根の上で牡猫たちと戯れる姿を見た老嬢は、怒りにかられ、翌朝帰ってきたプセットを床へ叩きつけた。その日から、彼女は猫を穢れたもののように毛嫌いし、折檻をくり返すようになる。六週間ののち、ある朝いつにも増して猫を打ちすえたとき、プセットは老嬢の顔めがけて跳びかかり、両頬に爪を立てた。
登場人物
- 老嬢 貞潔を誇りとする信心深い独り暮らしの女性
- プセット 老嬢が飼う灰色の牝猫
- 牧師 毎朝ミサに来ていた老嬢を案じて、家を訪ねる
冒頭部(原文より)
それは最初の弥撒を聴くために、近所の教会堂へ出かけるのだが、彼女はまず注意ぶかく戸じまりをしてから、どの頁も手垢によごれて隅がぶよぶよになった、古い祈祷書をしっかと抱えて、小急ぎに街を通ってゆくのであった。 教会堂へつくと、殆んどがら空きな脇間の祈祷台に膝まずいて、両手を組み合せ頸をふりふり、牧師の声に合せて低声でお祷りをした。そして勤行がすむとさっさと帰って行くのだった。 彼女は痩せ面で、いかにも片意地らしい額の、顳のあたりはもう小皺だらけのくせに、凹んだ眼の底には、或る不思議な情熱が燃えているようであった。 彼女は静かに珠数の珠を算えながら、鋪石に跫音一つ立てないで歩いて行った。
「老嬢と猫」モーリス・ルヴェル(青空文庫)
末尾部(原文より)
牧師はこの有様を見ると悲しげに首をふって、 「可憫そうに、気が狂れたか。信心ぶかい女だったがなア、わからんもんじゃ。一体どうしたんだろう。御覧、自分で自分の顔をこんなに傷だらけにしている。誰か早くお医者を呼びに行っておくれ、わしがここに番をしているから」 人々は一人去り二人去りして、いつの間にか皆んな帰ってしまった。老嬢は相変らず嗄れた声で叫びつづけた。 「悪鬼、悪鬼」 牧師は食堂へ引かえすと、そこにプセットがいたので、笑顔を見せて優しく撫ってやった。 猫は横っちょに臥そべって、首をもたげ眼を半開きにして喉を鳴らしながら、生れたばかりの三疋の仔猫に、薔薇色の乳房をしゃぶらせていたのであった。
「老嬢と猫」モーリス・ルヴェル(青空文庫)
原文を読む
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