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ねむい(チェーホフ)のあらすじ・登場人物

眠れない子守り娘の夜

  • 社会
  • 翻訳

チェーホフ 訳者 神西清 

文字数
5,941字
読了目安
約12分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

チェーホフが1888年に発表した短編を、神西清が訳したもの。靴屋に子守りとして奉公する十三歳の娘ワーリカは、夜は泣きやまない赤ん坊の揺りかごを揺すり、昼は休む間もなく言いつけに追われて、眠ることができない。燈明の光の輪や影を見つめるうちに、現実と夢うつつの記憶が入りまじっていく様子を、短い場面の積み重ねでたどる。チェーホフが短編の書き手として名を上げていった時期の一編。

あらすじ

十三歳の子守り娘ワーリカは、靴屋の家に奉公している。夜ふけ、泣きやまない赤ん坊の揺りかごを揺すりながら子守唄をつぶやくが、眠くてたまらない。眠れば主人夫婦にぶたれる。燈明の緑の光の輪と影を見つめるうちに、半ば夢の中で、ぬかるんだ街道で眠りこむ人々や、脱腸に苦しんで病院で死んだ父エフィーム、母と物乞いをしながら町へ奉公口を探しに来た日のことが浮かんでは消える。夜が明けると、煖炉を焚け、サモワールを立てろ、ゴム長を磨け、段々を洗えと、休む間もなく言いつけが続き、晩には客の世話に走り回る。夜、ふたたび揺りかごの前に座ったワーリカは、幻の中で、自分の手足を縛り生きる邪魔をしている力の正体を探し、ついにそれが赤ん坊だと思い当たる。彼女は笑いながら揺りかごに忍び寄って赤ん坊を絞め殺し、床に転がると、死んだようにぐっすり眠りこむ。

登場人物

冒頭部(原文より)

 夜ふけ。十三になる子守り娘のワーリカが、赤んぼの臥ている揺りかごを揺すぶりながら、やっと聞こえるほどの声で、つぶやいている。―― ねんねんよう おころりよ、 唄をうたってあげましょう。……  聖像の前に、みどり色の燈明がともっている。部屋の隅から隅へかけて、細引が一本わたしてあって、それにお襁褓や、大きな黒ズボンが吊るしてある。燈明から、みどり色の大きな光の輪が天井に射し、お襁褓やズボンは、ほそ長い影を、煖炉や、揺りかごや、ワーリカに投げかけている。……燈明がまたたきはじめると、光の輪や影は活気づいて、風に吹かれているように動きだす。むんむんする。キャベツ汁と、商売どうぐの靴革のにおい。  赤んぼは泣いている。さっきから泣きつづけで、もうとうに声がかれ、精根つきているのだけれど、あい変らず泣いていて、いつやまるのかわからない。ワーリカは、ねむくてたまらない。眼がくっつきそうだし、頭は下へ下へと引っぱられて、首根っこがずきずきする。まぶたひとつ、唇ひとつ、うごかすこともできず、まるで顔がかさかさに乾あがって木になって、頭は留針のあたまみたいに、縮まったような気がする。

「ねむい」チェーホフ(青空文庫)

末尾部(原文より)

 その敵は――赤んぼなのだ。  彼女は笑いだす。あきれたものだ、――こんな些細なことが、なぜもっと早くわからなかったんだろう? みどり色の光の輪も、もの影も、いやコオロギまでが、けらけら笑って、呆れているみたいだ。  ありもしない想念が、ワーリカを支配する。彼女は円椅子から立ちあがって、顔いっぱい笑みくずれながら、またたきもせずに、部屋のなかを行きつもどりつする。もうすぐ、自分の手足を鎖でしばっている赤んぼから逃れられるのだと思うと、嬉しくってぞくぞくする。……赤んぼを殺して、それから眠るんだ、眠るんだ、眠るんだ。……  笑いだしながら、目くばせしながら、みどり色の光の輪を指でおどしながら、ワーリカは揺りかごへ忍び寄って、赤んぼの上へかがみこむ。赤んぼを絞めころすと、彼女はいきなり床へねころがって、さあこれで寝られると、嬉しさのあまり笑いだし、一分後にはもう、死人のようにぐっすり寝ている。

「ねむい」チェーホフ(青空文庫)

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