人魚の祠(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
忘れ沼に潜む艶やかな怪異
- 怪奇
- 幻想
- 文字数
- 8,555字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
泉鏡花の幻想短編。赤坂見附の近くの珈琲店で、「私」が工学士から聞く奇談を、語り手の言葉をそのまま写すように綴る。電車で見かけた美しい婦人をきっかけに、学士は売薬の行商をしていた苦学生のころ、利根川沿いの「忘れ沼」のほとりで遭った出来事を語りはじめる。釣り糸を垂れる美女たち、沼辺の祠の奥の寝台、そこで起こる奇妙な光景など、白い肌と水辺の描写が艶やかな怪談。初出年月は図書カードに記載がなく、底本は岩波書店『鏡花全集』巻十六(1942年)。
あらすじ
赤坂見附に近い珈琲店で、「私」は工学士から、先ほど電車で見かけた婦人の抱いていた嬰児が鯉か鼈のようだと妙なことを言われる。学士は婦人を見て顔色を変え、途中で電車を降りて「私」に談話を聞かせる。学士は苦学生のころ売薬の行商をしており、利根川の氾濫が残した「忘れ沼」のほとりで、柳の陰に現れた三人の美女が釣り糸を垂れ、鯉の代わりに真っ白な裸の女が釣り上がるという幻のような光景を見た。沼辺の祠の格子を開けると、電車の婦人と瓜二つの美女が寝台に横たわっている。やがて床下から毛だらけの塊が現れ、婦人は逃げ出して沼へ入り、塊は無数の蚤の群れだったと知れる。そこへ越中褌ひとつの異様な男が現れて学士を突き倒し、「遣直しぢや」とつぶやいて祠へ消える。旅籠で聞いた話では、男は蚤を嫌う妻のために自ら蚤除けの巣となって狂死した豪農で、二人は今も迷って同じ光景を繰り返しているという。数日後、学士は「私」に、あの花の木は乳香の樹だろうと便りを寄せる。
登場人物
- 私 喫茶店で工学士の談話を聞く語り手
- 工学士 売薬の行商をしていた苦学生のころ、忘れ沼で怪異に遭った人物
- 電車の婦人 学士が見て驚いた、白い肌の美しい女
- 沼の男 祠に現れる、越中褌ひとつの異様な男
冒頭部(原文より)
「いまの、あの婦人が抱いて居た嬰兒ですが、鯉か、鼈ででも有りさうでならないんですがね。」 「…………」 私は、默つて工學士の其の顏を視た。 「まさかとは思ひますが。」 赤坂の見附に近い、唯ある珈琲店の端近な卓子で、工學士は麥酒の硝子杯を控へて云つた。
「人魚の祠」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
(まだ、迷つて居さつしやるかなう、二人とも――旅の人がの、あの忘れ沼では、同じ事を度々見ます。) 旅籠屋での談話であつた。」 工學士は附けたして、 「……祠の其の縁の下を見ましたがね、……御存じですか……異類異形な石がね。」 日を經て工學士から音信して、あれは、乳香の樹であらうと言ふ。
「人魚の祠」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。