小曲(橋本五郎)のあらすじ・登場人物
嵐の夜に聞いた悲鳴
- ミステリ
- 風刺
- 文字数
- 2,450字
- 読了目安
- 約5分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
ひどい暴風雨の晩、郊外の広い屋敷にただ一人で留守居をしていた田中君は、門のあたりから聞こえてくる悲鳴と怒声を聞く——橋本五郎が「探偵クラブ」に発表した掌編。翌朝、彼は血の跡と遺留品を求めて屋敷の周囲を微細に捜査し、向いの屋敷のでっぷり肥えた主人に疑いの目を向ける。三時間の張り込みの果てに彼が逢着する、実に馬鹿々々しい物語の結末。
あらすじ
束になった雨つぶが窓硝子へ肉塊のように打つかり、そのひと揺れごとに電燈が消えた。読んでいる物語の恐ろしい場面がちょうどそんな晩だったのを思い出し、田中君は「何か起るな、こんな晩には」と呟く。郊外のこの広い屋敷に、今夜は自分がたった一人で留守居しているのだ。……そのとき庭のあたりで、たしかに何か悲鳴のようなものが聞こえた。「畜生!」と太い男の声。門のあたりで、雨と風に交って何かを争うドドドという地ひびきがする。ヒーッと鋭い叫び、ドタドタと地揺れ、女の悲鳴。「打ち殺すぞ!」「野郎!」。板塀のあたりに重い物体が打つかったようだった。殺った、と思った瞬間に電燈が消え、こん度はしばらくつかない。膝がガクガクして、内股のあたりが妙に冷え切っている。……翌朝は朝日が照っていた。田中君は門から屋敷の周囲をぐるりと調べてまわる。あの雨だから血はきれいに流れ去ったに違いない。だが死体をどうしたろう。何か遺留品がないものか——。声をかけてきた向いの屋敷の主人に昨夜の話をすると、相手は「そう仰有れば私もたしかに聞きましたよ。しかし、まさか人殺では……」と真剣になってくれない。田中君はその変にでっぷりと肥えた身体にチラと疑問の眼を向けた。あの主人は職業が知れず、以前は上海あたりをウロついていたとかの噂もある——。彼は門内に立ち、三時間ものあいだ向いの家をにらみつづけた。
登場人物
- 田中君 暴風雨の晩に一人で留守居をしていた男
- 向いの屋敷の主人 職業の知れないでっぷり肥えた年輩の男
冒頭部(原文より)
ひどい暴風雨だった。ゴーッと一風くると、まるで天井を吹き飛ばされそうな気持がする。束になった雨つぶが、窓硝子へ重い肉塊のように打つかって来て、打つかっては滝をなして流れるのである。そのひと揺れごとに電燈が消えた。時おり電車のひびきが聞えて来るが、それもその度に椿事があっての非常警笛のように思いなされた。何かはためいて、窓の外は底も知れず暗い。
「小曲」橋本五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
「こん畜生だよ、あの暴のもう十一時過ぎていたナ、ここまで来るとこの穴ん中へ落ちこんで、馬のやつがどうしても動かねえ。呶鳴りつけたってどうしたって、仕方がねえから可哀想だが縄っ端でビシビシ打っ叩いてやったんだが、引っぱたく度に鳴きやあがって、そしてよろけるもんだから、このお屋敷の塀に打つかって、おら、塀を壊しやしねえかと思ってね……」 田中君は、二人の半纏が立ち去ってから、こっそりと門を出てその穴を見に行った。たしかに馬力の落ち込んだ穴であった。
「小曲」橋本五郎(青空文庫)
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