選挙殺人事件(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
奇妙な立候補者の秘密
- ミステリ
- 風刺
- 文字数
- 13,782字
- 読了目安
- 約28分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1953年6月の「小説新潮」に載った短編推理小説。新聞記者の稲荷寒吉が、無名の木工所主人・三高吉太郎が突然、選挙に立候補した裏に何があるのかを探る。安吾の長編「不連続殺人事件」に登場した素人探偵の巨勢博士が謎を解く役で出てくる。軽妙な語り口で、パンパン街や花見の場で奇妙な演説をする候補者を追う、ユーモアの濃い探偵小説である。
あらすじ
新聞記者の稲荷寒吉は、近所の三高木工所の主人・三高吉太郎が、地盤も顔もないのに選挙に立候補したことを不審に思う。本人を訪ねると、「ワタクシ」と言い、道楽だと言うばかりで、手元には太宰治や北村透谷の本があった。寒吉は裏に何かあると見て、休日に選挙カーのトラックを尾行する。三高は赤線区域で演説し、花見の名所でも酒盛りをして、人相のよくないサクラの男と合流して口論になり、酔って「ああ無情」と泣き叫ぶ。翌日、夫人に聞くと、立候補の理由は夫人にも分からない。得票は百三十二票に終わったが、そのころ小学校の縁の下から首のない死体が見つかる。寒吉は、あのサクラの男が行方不明ではと気づき、夫人の話で男が江村という人物で、選挙費用十万円を盗んで姿を消していたことを知る。寒吉は幼友達の私立探偵・巨勢博士に、メモを見せて相談する。博士は、三高が泣いて叫んだ「ああ無情」は『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャンのことで、「話さないでくれ」と秘密を求める叫びだと読み解く。数日後、三高は寒吉に付き添われて自首した。三高と江村は、終戦のドサクサに北海道の牢を脱獄した徒刑人だった。
登場人物
- 稲荷寒吉 新聞記者。社会部で候補者の裏を探る
- 三高吉太郎 三高木工所の主人。無所属で立候補する
- 三高夫人 吉太郎の妻。ふくよかな人
- 江村 選挙事務所に出入りする人相のよくない四十がらみの男
- 巨勢博士 寒吉の幼友達の私立探偵
冒頭部(原文より)
「選挙中休業」のハリガミがでている。候補者の主人はそれですむであろうが、従業員は困るだろう。近所の噂をきいてみると、 「従業員たって、小僧のようなのも合わせて七八人の事ですよ。みんな選挙運動に掛りきりですから、商売は休業でも多忙をきわめているのですよ」という話であった。三高吉太郎という人物は、終戦後この土地へ現れて冷蔵庫を造って当てた。今では職人も使って木製の家具類を造り、このへんではモウケ頭の方だ。しかし、この立候補でモトのモクアミになるんじゃないかと近所の取沙汰であった。
「選挙殺人事件」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
そしてせっかく粒々辛苦の財産をジャンジャン選挙に使いはじめたのですね。江村にせびられて身代をつぶすぐらいなら、公衆に顔をさらして、勝手に身代をつぶしてみせらア、ざまアみろ、というヤケでしょうかね。なんとなく、その気持、分りやしませんか。しかし、むろん本当の心は、自分の前身も知られたくないし、身代もつぶしたくないにきまっています。ですから、この顔をよーくごらん下さい。とヤケの演説をしながらも、酔えば、ああ無情、話してくれるな、と泣くのです。そのアゲク三高氏が江村を殺したにしても、ねえ、アナタ。ちょッと、金一封はもらいたくないと思いませんか」巨勢博士は笑いながらメモの上から手を放した。その顔は、しかし、次第にマジメになった。寒吉はその顔に答えるように、うなずいた。そしてメモをとりあげてポケットへおさめた。 数日後、三高吉太郎氏は寒吉につきそわれて自首した。しかるのち、寒吉の特ダネとなり金一封となったことを附け加えておこう。 巨勢博士の推理は殆ど完全であった。三高氏と江村は、終戦のドサクサに北海道の牢屋を脱獄した徒刑人であったのである。
「選挙殺人事件」坂口安吾(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。