非情な男(山川方夫)のあらすじ・登場人物
私は窓を開けてやらない
- ミステリ
- 風刺
- 文字数
- 2,631字
- 読了目安
- 約5分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
窓の外で彼女が哀願している。開けてくれというのだ。だが「私」には部屋に入れてやる気は毛頭ない——山川方夫の連作「親しい友人たち」の一編。冷酷な独白が綴られていく机の上の紙きれを、湯上がりの女が奪い取って読み、悲鳴をあげる。乾いた笑いの小品。
あらすじ
黒い窓に、彼女はしだいに強く、執拗に音をたてる。身もだえをし、全身で合図している。深夜にここまで単身でやってくるのは、彼女にとってたいへんな決意だっただろう。それはわかる。だがそれは彼女の勝手、彼女のエゴイズムだ。私の知ったことではない。明日、私はこの窓の下、硬いコンクリートの上に、冷たくなった彼女の死骸をみつけるだろう——。非情といわれ、冷血とののしられてもいい。私には私の世界がある。それを彼女なんかにかきみだされたくはないのだ。……そこまで書いたとき、彼はふいに頬を打たれた。バス・タオルを胸に巻いた女が、唇をわななかせて彼を睨んでいる。「いい気なひと! 呆れかえるわ」。店の帰りにわざわざ寄ってやったのに、まるで押しかけてきたイロ狂いみたいに書いて。女は机の紙きれを取り上げ、はじめから読み直し、みるみる目を大きくして叫んだ。「あんた、私を殺す気なのね?」。ここは五階だ、突き落とされたら生きてはいられない——。絶叫しながら女は浴室に逃げこみ、鍵をかけ、二度と来ないから殺さないでと哀願しはじめる。彼は床の紙を拾い、皺をのばして続きを書いた。いくらでも体当りをするがいい。私は窓を開けない。私には、こんりんざい、蛾なんかを部屋に入れてやる気はない——。だが手を休めて彼は考える。べつに、この部分を女に読ませて誤解をとく必要はないのだ。
登場人物
- 彼(私) 机に向かって書きものをする男
- 女 店の帰りにアパートへ寄った酒場勤めの女
冒頭部(原文より)
私は顔をあげた。やはり彼女だった。 窓ごしに彼女の眼が、哀願するように私をみつめている。 開けてくれというのだ。 黒い窓に、彼女は音をたてる。しだいに強く、執拗に、その音がつづいている。 彼女は身もだえをし、全身で私に合図している。
「非情な男」山川方夫(青空文庫)
末尾部(原文より)
要するに、ただ黙って部屋から出してさえやればいいのだ。そうしたら、彼女とのいっさいの事は済むのだ。 案外、これが汐どきというものかもしれない。彼は、手の中で、いたずら書きの紙きれをまるめた。まだ窓に翅をぶつけている蛾を眺めながら、その紙きれを勢いよく屑籠にほうりこんだ。 廊下の扉を、わざと大きな音をたてて、いっぱいに開けはなった。
「非情な男」山川方夫(青空文庫)
原文を読む
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