演技の果て(山川方夫)のあらすじ・登場人物
誰が彼女を殺したのか
- 心理
- 恋愛
- 文字数
- 33,934字
- 読了目安
- 約1時間8分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
ラジオドラマを書く「私」のもとに、昔なじみの女優・保井真理子が睡眠薬を二箱飲んだという報せが届く——山川方夫が「文学界」に発表した中編。通夜の席で、友人の佐藤は夫の保井進に「結局、お前がマリを殺したんだ」と言い放つ。他人の密室のような部分には立ち入らない、という保井の流儀は、そのまま「私」自身の流儀でもあった。自分の誠実を守るために一人の女を捨てた記憶が、雨の夜の「私」を駆り立てる。
あらすじ
本読み室のドアを開けた「私」は、その夜の番組に出るはずだった保井真理子が今朝、中野の家で睡眠薬を二箱飲んだと知らされる。大学の演劇部で同じ仲間だった真理子は、在学中に保井進と結婚し、誰の目にも幸福な夫婦だった。やがて死が伝えられ、若い代役が立てられ、放送はいつもどおり行われる。「私」は原因を考えようともしない自分に気づいていた。……通夜の夜、酔った佐藤が保井を詰めはじめる。喧嘩をしたことがない、怒ったこともない、なまの感情をぶつけるのは一つの暴力だから避けてきた——そう答える保井に、佐藤はいう。「お前のは父親の、後見人の、自分の玩具への愛だ。夫のそれじゃない」「お前の愛していたのはマリじゃない、マリとのそういう関係、そういうお前自身だけじゃないか」。座を立てないまま「私」は聞いている。人間は自分の皮膚の外には出られない、という保井の信条は、二年前、四年つきあった小田富子を「呼吸がつまるんだ」といって捨てた自分の信条とまったく同じものだったからだ。翌々日、劇団の平山が「私」だけに打ち明ける。真理子は中野ではなく藤沢のホテルで死んだこと、ひと月前の相手が自分だったこと、すべてを打ち明けられた夫が「それで、それだけ?」としか言わなかったこと。——おれは人ごろしだ。降りしきる雨の中を「私」は上目黒へ走り、小田という表札を一軒ずつマッチの火で読んで深夜の屋敷町をさまよい、ついには警官に保護される。数日後、富子から手紙が届く。告別式で彼を見かけたとき、「ああ久保さん、まだ生きてたんだな、と思った」と。指定された六時、「私」は下宿を出るが、足はいつもどおり本屋を経て、放送局行きのバスへと彼を運んだ。
登場人物
- 私(久保) ラジオドラマの脚本家
- 保井真理子(マリ) 「私」の学生時代からの仲間。女優
- 保井進 真理子の夫。地方銀行の頭取の一人息子
- 佐藤 プロデューサー。「私」と真理子の旧友
- 平山 劇団員
- 小田富子(トン子) 「私」が二年前に別れた恋人
冒頭部(原文より)
日ざかりは光が眩しかったが、いつのまにかなまあたたかい初夏の宵にかわっていた。かすかな風も出てきて、街路を歩いて行き、見上げるとまだビルの上にうす青い晴れた空がのこっていた。 「すてきだったわ、今日は」私が足をとめると、つれの女は腕をときながらいった。 「とくに、君の食欲がすてきだった」 「あれは、ソースがよくできていたわね、仔牛のカツ」
「演技の果て」山川方夫(青空文庫)
末尾部(原文より)
ふと、私は思っていた。おれは、かつて一度でも富子に本当の愛をもとめたことがあったろうか? おれはつねに自分たちの位置の明確さとか、輪郭とか、関係の距離とか均衡とか、そんな自分だけの納得を必死で追いもとめて、ついにそれらへの関心から、自由になることができなかった。……そのとき、突飛な考えが私の胸をはしった。おれは、むしろ真理子を愛していたのではなかったのか? ――どっちでもいい。思い、私は苦笑していた。それも、たぶん真理子が死に、彼女への感情にある輪郭がうまれつつあることで思いついた、たわ言にすぎないのだ。 白っぽく暮れかけた六月のはじめのひろいアスファルトの道路を、バスは走っていた。バスは接岸するように歩道により、またスタートした。 日は沈もうとしている。私はガラスの窓ごしに曇った空を見上げながら、ああ、梅雨がはじまろうとしているのだなと思った。
「演技の果て」山川方夫(青空文庫)
原文を読む
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