屏風はたたまれた(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
忘れてしまえと父は言った
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 11,959字
- 読了目安
- 約24分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
十年ちかく前、屏風を立てまわした部屋で七夜をともにした、顔も名も知らぬ女。その記憶に縛られたまま縁談を断り続けてきた男が、真相に近づいてゆく短編。父は「忘れてしまえ」と言うだけだった。山本周五郎の短編のなかでも忘れがたい一篇。
あらすじ
吉村弥十郎はその手紙を三度もらい、三度とも読むとすぐ捨てた。ちょうど北島との縁談がまとまったところなので、誰かのいたずらだろうと思ったからである。差出人は「ゆき」とだけ、内容はいつもきまっていた——自分はさる家の乳母だが、そだてた嬢さまがあなたをみそめ、おもいこがれるあまり病気のようになった、どうかいちど逢ってやってもらいたい、と。書いてあることはあまりに古風で型にはまりすぎている。「ふん、ひまなやつがいるものだ」と弥十郎は呟いた。……だが彼には、忘れられない記憶があった。十年ちかく前、屏風を立てまわした部屋で七夜をともにした女である。誰だかわからないまま、耳もとで囁かれた喉声と、熱い肌と、小柄で柔軟な躯つきだけが残っている。女は闇の中に音もなくあらわれ、いつも夜の明けるまえに去った。父も母も教えてはくれず、母は「まったく知らない」と言い、父は「忘れてしまえ」と言うだけだった。やがて千夜という名を知り、必ずたよりがあると信じた弥十郎は、北島から祝言をあげてよいと言って来ても断ってしまう。だがたよりは来ないまま年が明け、記憶のなまなましさばかりが誇張されてゆく。事の真相を知らされた夜、弥十郎は眼をつむった。その眼の裏で、一双の屏風がたたまれるのを見るように思うと、にわかに胸が軽くなった。
登場人物
- 吉村弥十郎 屏風の七夜の記憶に縛られた男
- 千夜 屏風の内にいた女
- ゆき 手紙の差出人と名のる乳母
- 伊与二郎 「忘れてしまえ」と言う弥十郎の父
冒頭部(原文より)
一 吉村弥十郎はその手紙を三度もらって、三度とも読むとすぐに捨てた。ちょうど北島との縁談がまとまったところなので、誰かのいたずらだろうと思ったからである。
「屏風はたたまれた」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
彼はその(つむった)眼の裏で、一双の屏風がたたまれるのを見るように思った。するとにわかに胸が軽く、呼吸がらくになるように感じた。弥十郎はそんな時刻に騒がせた詫びを云い、挨拶をして廊下へ出ると、佗しげに微笑しながら呟いた。 「そうだ、屏風はたたまれたのだ」そして父の口まねをした、「忘れてしまえ」
「屏風はたたまれた」山本周五郎(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。