華々しき瞬間(久坂葉子)のあらすじ・登場人物
仮面の女が名を呼ばれる
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 45,115字
- 読了目安
- 約1時間30分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 大阪府
この作品について
1952年(昭和27年)作、久坂葉子が世を去った年の長編。年齢も来歴も明かさない女・南原杉子と、その内側で泣いたり走ったりする「阿難」——一人の女を二つの名で書き分ける形式が、この作品を特異なものにしている。仮面をかぶって生きる女の、ある一瞬をめぐる物語。
あらすじ
南原杉子は、二組の夫婦の上に突然出現した。年齢も歴史もわからない。東京を脱出して三日目に紡績会社の広告部嘱託となり、週に三度はダンス教師の「赤羽先生」になり、別の場所ではピアノの弟子を十人抱える。誰も彼女の本当を知らない。
大阪の喫茶店「カレワラ」で、杉子は放送局に勤める仁科六郎と、店のマダムで声楽を趣味とする蓬莱和子に引き合わされる。和子は十年前の六郎の恋人であり、その夫の蓬莱建介はやがて杉子に惹かれてゆく。そして六郎と杉子のあいだには、言葉を交わさぬまま、沈黙のうちに成立した恋がはじまる。六郎は彼女を心のなかで「阿難」と呼ぶ。愛していると告げ合ったことも、未来を語ったこともない。ただ彼には妻たか子があり、阿難にはブレーキがない。
和子の嫉妬、建介の接近、そして六郎の妻の出現。重なりあった三角の線を断ち切って、六郎と阿難の線だけを残そうとした杉子の前に、色白の細おもての妻たか子が現れる。五人がそろった夜の集まりで、杉子は「昔、ある男の死に捧げた誓い」を作り話として語り、和子にうたわせ、そして自らピアノに向かう。即興の変奏がやんだとき、その名を呼ぶ声が上がった。
登場人物
- 南原杉子(阿難) 年齢も歴史も明かさない女。表の名と内なる名を持つ
- 仁科六郎 放送会社に勤める既婚の男。彼女を「阿難」と呼ぶ
- 仁科たか子 六郎の妻。夫を信じきっている
- 蓬莱和子 喫茶店カレワラのマダム。声楽をたしなむ六郎の元恋人
- 蓬莱建介 和子の夫。杉子に惹かれてゆく
冒頭部(原文より)
南原杉子。うまれは火星日である。地球に最も近い軍神マルスの影響をうけ、最も強烈に、そのエネルギーを放射。戦闘的性質を有し、目的に対して積極的なれど、多難な運命である。その上、人生の終局に於いて、複雑な交叉点に、信号を無視して立脚し、自ら禍をまねく。 南原杉子は、突然小さな社会、つまり二組の夫婦の上に出現した。彼女の年齢も歴史もわからない。
「華々しき瞬間」久坂葉子(青空文庫)
末尾部(原文より)
「あなた、どうなさったの」 たか子は、共に不安なまなざしをおくった。仁科六郎は、悄然と椅子にこしをおろした。その時、蓬莱和子は、傍のグラスを一息にのむと、ヒステリックな笑い声をたてた。 ――阿難は生きてゆけません。一生、こんな大きな幸福の、華々しい瞬間は、もうございませんもの。阿難、とあなたの声。阿難の幸福の瞬間、華々しい瞬間が――
「華々しき瞬間」久坂葉子(青空文庫)
原文を読む
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