寒橋(山本周五郎)のあらすじ・登場人物
みんなあんたのせいよ
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 18,422字
- 読了目安
- 約37分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
鏡に映る自分の膚を、恥ずかしくなるほどこくめいに眺めてしまう——そんなお孝の内面から始まる短編。「みんなあんたのせいよ」と言うよりほかに立つ瀬のない女と、その傍らにいる男。川面に白魚舟の火が点々と霞む江戸の夜を背景に、思いを言葉にできない二人の関係を描く。「寒橋」の名が、そのまま作品の温度を決めている。
あらすじ
お孝はときどき自分が恥ずかしくなる。鏡に向かっているときなど特にそうだ。「――まあいやだ、いやあねえ」と独りで呟き、独りで赤くなって、鏡に写っている自分の顔を、一種の唆られるような気持でこくめいに眺めまわす。全般的に見て膏がのってきていて、皮膚は透けるよう、なにかの花びらのように柔らかくしっとり湿っていて、撫でると指へ吸いつくような感じである——物語はこの生々しい自意識から始まる。……お孝は、自分でも持て余す変化を、傍らにいる男のせいにするほかない。「――みんなあんたのせいよ」。こう言うよりほかに立つ瀬がなかったのである。川上の佃島のほうには、白魚網の舟が燃す火がぼっと霞んで点々と見え、水面を伝って人の声がとぎれとぎれに聞こえてくる。「――おっ母さん」とお孝はそっと呼ぶ。父が釣糸を垂れ、母が女中に茶や弁当を持たせて来て父のそばへ跼む——そんな幼い日の光景が、いまのお孝の胸に重なる。すれ違いと誤解を重ねた末、男はようやく低い声で囁く。「――もうこれっきりです、決してもうあんなことはしません、見ていて下さい、……私はきっとお孝を仕合せにします」。彼は腕で眼を掩い、咽び泣きの声が喉をついて漏れた。ずっと遠くで、火の番の柝の音が冴えて聞こえた。
登場人物
- お孝 鏡のなかの自分を持て余す女
- 男 お孝を仕合せにすると誓う相手
冒頭部(原文より)
一 お孝はときどき自分が恥ずかしくなる。鏡に向っているときなど特にそうだ。 「――まあいやだ、いやあねえ」 独りでそんなことを呟いて、独りで赤くなって、鏡に写っている自分の顔を、一種の唆られるような気持で、こくめいに眺めまわす。
「寒橋」山本周五郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
彼は低い声でこう囁いた。 「――もうこれっきりです、決してもうあんなことはしません、見ていて下さい、……私はきっとお孝を仕合せにします」 彼は腕で眼を掩った。咽び泣きの声が彼の喉をついてもれた。ずっと遠くで、火の番の柝の音が冴えて聞えた。
「寒橋」山本周五郎(青空文庫)
原文を読む
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