三十歳(坂口安吾)のあらすじ・登場人物
狂気の恋と訣別の追想
- 恋愛
- 心理
- 文字数
- 16,211字
- 読了目安
- 約32分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
作者が三十歳の冬に経験した、ある女流作家との恋の終わりを、十二年後に振り返る自伝的な作品。四年ぶりに訪ねてきた「あの人」との再会と愛の告白、そのあとに待っていた疲れと苦痛、最後の日と絶縁の手紙が、「恋愛とは狂気ではあるが、純粋ではない」という考察とともに語られる。初出は「文学界」1948(昭和23)年5月号。
あらすじ
三十歳の冬、「私」は「いづこへ」の女と別れて母の住む蒲田の家へ帰る。すると三日目か四日目に、四年ぶりに「あの人」が訪ねてくる。あの人は青ざめた顔で私を睨み、「あなたを愛しています」とその一言だけを言いに来たのだと告げる。私も、四年間気違いのように思いつめていたと答える。二人は寒風のなか、蒲田から大井まで歩いた。それから私は本郷のホテルの屋根裏の時計塔に移り、あの人とのつながりを続けるが、会うたびに互いの現実の姿に混乱し、疲れ果てる。私の貧しさ、無能力を、あの人の目は意地わるく見すくめ、私もまた、彼女の虚栄を蔑んでいた。私は夢の中のあの人と現実のあの人の距たりに苦しみ、別れた女を通して知ってしまった女体の像を、彼女に重ねてしまう。最後の日、私は暴力を加えてでもという決意でいたが、あの人は「四年前に、なぜ尾瀬沼へお誘いしたとき行こうとおっしゃらなかったの。今はもうダメです」と言う。時計塔の寝台に腰かけたあの人を抱いて接吻した私は、鉛のように死んだ顔を見て茫然とし、外へ出て円タクで別れた。それが最後の日だった。私は夜更けに絶縁の手紙を書き、翌日それを速達で出した。街には雪がつもっていた。昭和十一年二月二十六日、二・二六事件の日だった。手紙は戒厳令司令部の検閲を受けて開封されていたが、矢田津世子からの返事はなかった。
登場人物
- 私 三十歳の作家。母の家に戻り、のち本郷のホテルの時計塔に移る
- あの人 有名な女流作家。私と愛を告白しあう
- 「いづこへ」の女 私が別れたばかりの女
冒頭部(原文より)
冬であった。あるいは、冬になろうとするころであった。私の三十歳の十一月末か十二月の始めごろ。 あのころのことは、殆ど記憶に残っていない。二十七歳の追憶のところで書いておいたが、私はこのことに就ては、忘れようと努力した長い年月があったのである。そして、その努力がもはや不要になったのは、あの人の訃報が訪れた時であった。私は始めてあの人のこと、あのころのことを思いだしてみようとしたが、その時はもう、みんな忘れて、とりとめのない断片だけがあるばかり、今もなお、首尾一貫したものがない。
「三十歳」坂口安吾(青空文庫)
末尾部(原文より)
翌日、それを速達でだした。街には雪がつもっていた。その日、昭和十一年二月二十六日。血なまぐさい二・二六事件の気配が、そのときはまだ、街には目立たず、街は静かな雪道だけであったような記憶がする。 一しょに竹村書房へも手紙をだした。数日後、竹村書房へ行ってみると、その手紙が戒厳令司令部のケンエツを受けて、開封されているのだ。 してみれば矢田さんへ当てた最後の手紙も開封されたに相違ない。むごたらしさに、しばらくは、やるせなかった。 矢田さんからの返事はなかった。
「三十歳」坂口安吾(青空文庫)
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