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来訪者(永井荷風)のあらすじ・登場人物

老作家を訪ねる二人の青年

  • 恋愛
  • 心理

永井荷風 1946年(昭和21年)9月 「書き下ろし」

文字数
37,792字
読了目安
約1時間16分
表記
新字旧仮名
種別
小説
舞台
  • 千葉県
  • 東京都

この作品について

永井荷風が1944年(昭和19年)4月に書き上げ、戦後の1946年9月に筑摩書房の作品集『来訪者』で発表した中編。旧仮名の文章で、九つの章から成る。六十を過ぎた語り手の作家「わたくし」のもとに、木場と白井という三十代半ばの二人の青年文士が足しげく通ってくる。明治の漢文雑著や英文小説に通じ、営利に走る昭和の文壇に染まらない二人を頼もしく思った「わたくし」は、旧稿を入れた紙袋を貸し、蔵書目録の清書を頼むが、やがて古書店に「わたくし」の自筆と称する写本が現れる。二章以降は、興信所の報告書をもとに語り手が書き直した物語という体裁をとり、房州の村に移った白井の暮らしへと視点が移っていく。荷風の門人で、のちに荷風と決裂した平井呈一が、白井の人物のモデルとされる。

あらすじ

六十に達したわたくしは、木場貞と白井巍という二人の青年文士の訪問を頻繁に受ける。下谷の印刻師の家に生まれ明治の漢文雑著に通じた木場と、箱崎の商家に育ち英文小説を読む白井。売名営利の風に染まらない二人をわたくしは敬い、古本探しを手伝わせ、旧稿を入れた紙袋を白井に貸して蔵書目録を清書させる。やがて二人の訪問は途絶え、木場は真間に玩具と文士の墨跡を売る鴻麓堂を開き、白井は房州の村へ越す。半年後、旧知の岩田が、西銀座の古書店でわたくしの自筆本『怪夢録』を買ったと知らせてくる。原本は手元にあり、印まで似せた偽書だった。わたくしは原本と取り替えてやり、岩田は興信所に二人の身辺を探らせる。報告によれば、二人は名家の短冊や草稿の偽筆、署名本の偽造を生計の足しにしていた。白井は隣家の家主である若い未亡人藤田常子と通じ、娘の辰子に密会を見られる。妻の花子は、十八の白井と隣家の娘だった自分が子をなして結婚したいきさつを思い返す。白井と常子が東京で一夜を過ごして戻ると家の者は冷たく、白井は越前堀のお岩稲荷の横町に貸間を借りる。常子が村へ戻ると、花子は娘三人を連れて千葉の実家へ去っていた。一年ほどして偽の手紙も出回り、わたくしは木場から、白井が常子との暮らしを材料に鏡花風の小説『新四谷怪談』を書こうとしていると聞く。越前堀を訪ねたわたくしは、煙草屋のおかみから二人の暮らしぶりの噂を聞く。秋、木場は、病とヒステリーに苦しんだ常子が、逃げ出した白井を探し歩くうちに円タクにはねられて死んだと告げる。その後二人は姿を見せず、日米戦争が始まると偽書の話も聞かなくなった。

登場人物

冒頭部(原文より)

一  わたくしはその頃身辺に起つた一小事件のために、小説の述作に絶望して暫くは机に向ふ気にもなり得なかつたことがある。  小説は主として描写するに人物を以てするものである。人物を描写するにはまづ其人物の性格と、それに基いた人物の生活とを観察しなければならない。観察とは人を見る眼力である。然るにわたくしは身辺に起つた一瑣事によつて、全然人を見る眼力のないことを知り、これでは、到底人物を活躍させるやうな小説戯曲の作者にはなれまいと、喟然として歎息せざるを得なかつた次第である。その頃頻々としてわたくしを訪問する二人の青年文士があつた。

「来訪者」永井荷風(青空文庫)

末尾部(原文より)

「毎日白井をさがして歩き廻つてゐる中、円タクに刎飛されたんです。それでも猫いらずなんか飲まれるより、まだしも寝覚がわるくない方でせう。」  その後、木場は鼬の道を切つたやうにまた来なくなつたので、従つて白井の消息もわからなかつた。日米戦争になつてからは、雑誌や新聞記者の来訪するものも全く跡を断つたやうになつたので、わたくしは年々世事に疎くなるばかり。偽書偽本のはなしも其後はさつぱり耳にしなくなつた。察するところ、白井と木場の二人も召集か、または徴用でもされて、偽書をつくる暇がないやうになつたのだらう。

「来訪者」永井荷風(青空文庫)

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