監獄署の裏(永井荷風)のあらすじ・登場人物
帰朝者が兄閣下へ送る手紙
- 心理
- 文字数
- 11,521字
- 読了目安
- 約23分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1909年(明治42年)3月の『早稲田文学』に発表された永井荷風の短編で、末尾に「明治四十一年一二月稿」とある。欧米から帰国して間もない語り手が「兄閣下」に宛てた手紙の形で書かれ、冒頭にはイプセン『ヘッダ・ガブレル』の一節が掲げられている。定職を持たず、市ヶ谷監獄署の裏手にある父の屋敷の一室に閉じこもる三十歳の「私」は、親の慈愛をかえって重荷に感じ、教師にも記者にもなれない身の上を語る。夏の夕立から晩秋の薄曇りへと移ろう庭の光と虫の声、湿気の多い日本の気候、監獄の土手の下に暮らす場末の人々の生活を細やかに描きながら、帰朝者の孤独を訴える作品である。
あらすじ
「私」は西洋で職も学位も得ないまま帰国し、三十歳になっても市ヶ谷監獄署の裏手にある父の屋敷の一室に閉居している。神戸に着いた船には大学生の弟が迎えに来ており、私は親の慈愛と血族の縁を重苦しく感じる。帰朝の宴では、留守のあいだにすっかり老け込んだ母の姿に胸を打たれる。父に将来を問われた私は、語学教師も新聞記者も雑誌記者も芸術家も自分には務まらないと答え、父も、家名に関わるからおとなしく引きこもっていてくれと話を決める。私は半年、庭を眺めて暮らす。夏の夕立、夜通し鳴く虫、何もかもを黴びさせる湿気、夏のように明るい十月の光を、ボードレールの詩を思いながら味わう。散歩に出れば、監獄署の土手の下に日の差さない貸長屋が並び、魚の骨や腸を売る露店に女房たちが群がり、勤め帰りの男の家では生活難の繰り言ばかりが交わされている。坂道では重荷を引く痩せ馬が馬子に打ち叩かれて倒れ、通行人は面白半分に眺めている。私は次第に門の外へ出るのを恐れるようになり、硝子戸越しに晩秋の庭を眺めてヴェルレーヌの獄中の詩を読み、冬の来ぬうちに一度訪ねてほしい、私は淋しいと書いて手紙を結ぶ。
登場人物
- 私 西洋から帰国した三十歳の男。職に就かず父の屋敷に閉居している
- 兄閣下 私が手紙を宛てる相手
- 父 六十歳。厳格で勤勉な人
- 母 江戸生まれの芝居好き。私の留守のうちに老い込んだ
- 弟たち 教会の牧師となった次弟と、神戸まで迎えに来た大学生の末弟
冒頭部(原文より)
われは病いをも死をも見る事を好まず、われより遠けよ。 世のあらゆる醜きものを。――『ヘッダ ガブレル』イブセン ――兄閣下 お手紙ありがとう御在います。無事帰朝しまして、もう四、五カ月になります。しかし御存じの通り、西洋へ行ってもこれと定った職業は覚えず、学位の肩書も取れず、取集めたものは芝居とオペラと音楽会の番組に女芸人の寫真と裸体画ばかり。年は已に三十歳になりますが、まだ家をなす訳にも行かないので、今だにぐずぐずと父が屋敷の一室に閉居しております。処は市ヶ谷監獄署の裏手で、この近所では見付のやや大い門構え、高い樹木がこんもりと繁っていますから、近辺で父の名前をお聞きになれば、直にそれと分りましょう。
「監獄署の裏」永井荷風(青空文庫)
末尾部(原文より)
閣下よ。私は昨日からヴェルレーヌが獄中吟『サッジェス』を読んでおります。 おゝ、神よ、神は愛を以てわれを傷付け給へり。その瑕開きていまだ癒えず。 おゝ、神よ、神は愛を以てわれを傷付け給へり。…… 閣下よ。冬の来ぬ中是非一度、おいで下さい。私は淋しい……。
「監獄署の裏」永井荷風(青空文庫)
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