田舎教師(田山花袋)のあらすじ・登場人物
進学への思いを胸に教壇へ
- 青春
- 心理
- 文字数
- 151,346字
- 読了目安
- 約5時間3分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 埼玉県
この作品について
1909年10月に刊行された田山花袋の長編。埼玉の青年教師・小林秀三の残した日記をもとに、取材を重ねて書かれた。主人公の林清三は、中学校を出たばかり。家が貧しく東京への遊学はかなわず、友人の父の尽力で、羽生近くの小学校に勤めることになる。任地へ向かう道中には新生活への期待があるが、友人たちと語り合った文学や恋、進学への思いも胸を離れない。青年の憧れを、その願いだけで大きく羽ばたかせず、俸給や家族の事情、土地での日々とともに描いてゆく作品である。冒頭の「四里の道は長かった」に続く田畑や町の描写も、背景を飾るだけではなく、清三の歩む生活の広がりを作っている。日記の言葉が取り込まれることで、外から眺めた姿と、本人が自分に語る思いとの両方に触れられる。明治の地方に暮らす若者の選択を、風物と人間関係の細部から読むことのできる小説。
あらすじ
中学を卒業した林清三は、友人たちが上級学校へ進んでいく中、貧しい家計のため羽生在の弥勒高等小学校の代用教員となる。「四里の道は長かった」——任地へ向かう道すがら、それでも新しい生活への希望が胸にあった。文学への志、音楽学校への夢、成願寺の住職や旧友たちとの交流、そして淡い恋。しかし俸給は乏しく、家は傾き、進学の望みは一つずつ潰えていく。同級生たちが世に出ていく報せを聞くたびに、清三は田舎に取り残される焦燥を噛みしめる。一時は自棄から放蕩に身を持ち崩しかけた清三は、思い直して教育に身を入れ、子供たちに慕われる教師となるが、その身体はすでに肺結核に蝕まれていた。日露戦争が始まり、世間が遼陽陥落の勝報に沸く明治37年の秋、清三は「絶望の底の底までも見て来た」短い生涯を、ひっそりと閉じる。21歳であった。自然石の墓には絶えず花が手向けられ、数年ののち、かつての教え子だという若い女教師が、人目を忍んで泣いていったという。
登場人物
- 林清三 文学と進学の夢を抱きながら、田舎の代用教員として果てる青年
- 加藤郁治 清三の親友。中学時代からの文学仲間
- 荻生さん 清三を気遣う友人
- 美穂子 清三が心を寄せた娘
冒頭部(原文より)
四里の道は長かった。その間に青縞の市のたつ羽生の町があった。田圃にはげんげが咲き、豪家の垣からは八重桜が散りこぼれた。赤い蹴出しを出した田舎の姐さんがおりおり通った。 羽生からは車に乗った。母親が徹夜して縫ってくれた木綿の三紋の羽織に新調のメリンスの兵児帯、車夫は色のあせた毛布を袴の上にかけて、梶棒を上げた。なんとなく胸がおどった。
「田舎教師」田山花袋(青空文庫)
末尾部(原文より)
秋の末になると、いつも赤城おろしが吹きわたって、寺の裏の森は潮のように鳴った。その森のそばを足利まで連絡した東武鉄道の汽車が朝に夕べにすさまじい響きを立てて通った。
「田舎教師」田山花袋(青空文庫)
名文
四里の道は長かった。
中学を出た青年が赴任先の村へ向かう場面の一行。歩く距離を述べただけの短文が、この先の若者の歳月の長さまで暗示する、自然主義文学に名高い書き出し。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。