非凡なる凡人(国木田独歩)のあらすじ・登場人物
西国立志編が作った男
- 青春
- 心理
- 文字数
- 8,449字
- 読了目安
- 約17分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
- 神奈川県
この作品について
語り手が友人たちに語って聞かせる、桂正作という男の半生。天分は中くらいで腕白でもあった少年が、『西国立志編』に出会って以来、立てた計画をひとつずつ実行し、砂書きや新聞売りで学資を稼ぎながら工手学校を出て電気技師になる。華やかな成功譚ではなく、地道な意志の力そのものを讃えた作品で、独歩が明治の青年へ贈った励ましの書ともいえる一篇。
あらすじ
五六人の若者が友の噂をしあう席で、一人が桂正作という男の話を始める。正作は語り手の幼なじみで、いまは横浜の会社の電気技手である。小学校のころ、日曜の遊びも断って『西国立志編』を読みふけっていた彼は、以来この一冊を聖書のようにして育った。家は父の殖産事業の失敗で傾き、中学へは進めず銀行の使い走りとなるが、発明で身を立てると決め、給料を積み立てて上京の計画を立てる。東京では木賃宿に泊まり、九段の砂書きの翁に弟子入りし、日清の戦が近づくと号外売りで稼ぎながら、夜学で数学を学んで工手学校の夜学部に入った。三年ぶりに訪ねてきた語り手を縄暖簾の一膳飯屋に誘い、平気な顔で三度の飯を食う姿に、語り手は思わず涙をのみ、そして気を取り直してうまく食事をする。二年かけて貯めた三十円の三分の二を土産に費やして帰省し、卒業後は電気技手として働きながら、家を飛び出した弟を根気よく世話して一人前の技手に育てた。ある日、会社を訪ねた語り手は、電燈の下で鉄柱の周りを幾度も回りながら修繕に没頭する正作の、荘厳ともいえる真剣な顔を見て心を打たれ、諸君どうかこの友のために杯をあげてくれたまえ、と語り終えるのだった。
登場人物
- 僕 桂正作の幼なじみで語り手
- 桂正作 横浜の会社で働く電気技手。『西国立志編』を愛読し、立てた計画を着々と実行する
- 正作の父 維新の戦を経て農に転じ、殖産に失敗した旧士族
- 五郎 正作の弟。家を飛び出したが兄の世話で技手になる
冒頭部(原文より)
五六人の年若い者が集まって互いに友の上を噂しあったことがある、その時、一人が―― 僕の小供の時からの友に桂正作という男がある、今年二十四で今は横浜のある会社に技手として雇われもっぱら電気事業に従事しているが、まずこの男ほど類の異った人物はあるまいかと思われる。 非凡人ではない。けれども凡人でもない。さりとて偏物でもなく、奇人でもない。非凡なる凡人というが最も適評かと僕は思っている。 僕は知れば知るほどこの男に感心せざるを得ないのである。感心するといったところで、秀吉とか、ナポレオンとかそのほかの天才に感心するのとは異うので、この種の人物は千百歳に一人も出るか出ないかであるが、桂正作のごときは平凡なる社会がつねに産出しうる人物である、また平凡なる社会がつねに要求する人物である。であるから桂のような人物が一人殖えればそれだけ社会が幸福なのである。僕の桂に感心するのはこの意味においてである。また僕が桂をば非凡なる凡人と評するのもこのゆえである。
「非凡なる凡人」国木田独歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
今年の春であった。夕暮に僕は横浜野毛町に桂を訪ねると、宿の者が「桂さんはまだ会社です」というから、会社の様子も見たく、その足で会社を訪うた。 桂の仕事をしている場処に行ってみると、僕は電気の事を詳しく知らないから十分の説明はできないが、一本の太い鉄柱を擁して数人の人が立っていて、正作は一人その鉄柱の周囲を幾度となく廻って熱心に何事かしている。もはや電燈が点いて白昼のごとくこの一群の人を照らしている。人々は黙して正作のするところを見ている。器械に狂いの生じたのを正作が見分し、修繕しているのらしい。 桂の顔、様子! 彼は無人の地にいて、我を忘れ世界を忘れ、身も魂も、今そのなしつつある仕事に打ちこんでいる。僕は桂の容貌、かくまでにまじめなるを見たことがない。見ているうちに、僕は一種の壮厳に打たれた。 諸君! どうか僕の友のために、杯をあげてくれたまえ、彼の将来を祝福して!
「非凡なる凡人」国木田独歩(青空文庫)
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