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忘れえぬ人々(国木田独歩)のあらすじ・登場人物

名も知らぬ人々の記憶

国木田独歩 1898年(明治31年)4月 「国民之友」

文字数
9,366字
読了目安
約19分
表記
新字新仮名
種別
小説
舞台
  • 神奈川県

この作品について

国木田独歩が1898年(明治31)4月に『国民之友』へ発表した短編。のちに『武蔵野』(1901年)に収められた。多摩川沿いの宿場町の宿で、文学者と画家が出会い、一晩を語り明かす。文学者が見せる原稿には、親しい人でも恩人でもない、旅先で見かけただけの人々の姿が書かれている。題名が示すとおり、記憶に残る人とは誰かという問いが物語を貫く。

あらすじ

三月初めの寒々とした夕暮れ、多摩川の二子の渡しを越えた溝口の宿場町。旅人宿・亀屋に、洋服姿の旅の男・大津弁二郎が一晩の宿を求めて入ってくる。同じ宿には無名の画家・秋山松之助が居合わせ、酒を酌みかわすうちに二人は打ち解けて語り合う。やがて大津は、書きかけの「忘れ得ぬ人々」という原稿を秋山に示す。それは、親や兄弟や恩師のように忘れてはならない人々ではなく、忘れてしまっても義理を欠くわけではないのに、どうしても心から消えない人々の記録だという。瀬戸内の島影で独り磯を歩いていた男、阿蘇山麓ののどかな景色の中を行く馬子、賑わう祭りの街角で琵琶を弾いて物乞いする男――。旅の途上でただ一度目にしただけの、名も知らぬそうした人々を、大津は不思議と忘れられない。人生の孤独と寂寥をかみしめるとき、利害を離れたそれらの人影を思い浮かべると、自分も彼らも同じ天地のあいだにはかなく生きる存在なのだと感じ、涙ぐまずにいられないのだと。二年後、東北の地に移り住んだ大津の机の上には、同じ原稿が置かれていた。その末尾に新しく書き加えられていたのは、あの夜親しく語り合った友「秋山」の名ではなく、「亀屋の主人」の名であった。

登場人物

冒頭部(原文より)

 多摩川の二子の渡しをわたって少しばかり行くと溝口という宿場がある。その中ほどに亀屋という旅人宿がある。ちょうど三月の初めのころであった、この日は大空かき曇り北風強く吹いて、さなきだにさびしいこの町が一段と物さびしい陰鬱な寒そうな光景を呈していた。昨日降った雪がまだ残っていて高低定まらぬ茅屋根の南の軒先からは雨滴が風に吹かれて舞うて落ちている。草鞋の足痕にたまった泥水にすら寒そうな漣が立っている。日が暮れると間もなく大概の店は戸を閉めてしまった。闇い一筋町がひっそりとしてしまった。旅人宿だけに亀屋の店の障子には燈火が明く射していたが、今宵は客もあまりないと見えて内もひっそりとして、おりおり雁頸の太そうな煙管で火鉢の縁をたたく音がするばかりである。  突然に障子をあけて一人の男がのっそり入ッて来た。長火鉢に寄っかかッて胸算用に余念もなかった主人が驚いてこちらを向く暇もなく、広い土間を三歩ばかりに大股に歩いて、主人の鼻先に突ったッた男は年ごろ三十にはまだ二ツ三ツ足らざるべく、洋服、脚絆、草鞋の旅装で鳥打ち帽をかぶり、右の手に蝙蝠傘を携え、左に小さな革包を持ってそれをわきに抱いていた。 『一晩厄介になりたい。』

「忘れえぬ人々」国木田独歩(青空文庫)

末尾部(原文より)

 その後二年経った。  大津は故あって東北のある地方に住まっていた。溝口の旅宿で初めてあった秋山との交際は全く絶えた。ちょうど、大津が溝口に泊まった時の時候であったが、雨の降る晩のこと。大津は独り机に向かって瞑想に沈んでいた。机の上には二年前秋山に示した原稿と同じの『忘れ得ぬ人々』が置いてあって、その最後に書き加えてあったのは『亀屋の主人』であった。 『秋山』ではなかった。

「忘れえぬ人々」国木田独歩(青空文庫)

名文

多摩川の二子の渡しをわたって少しばかり行くと溝口という宿場がある。その中ほどに亀屋という旅人宿がある。

三月の宿場の一夜から書き起こす冒頭。行きずりに見かけただけの他人の姿がなぜか忘れられないという、独歩の詩情あふれる短編。

忘れ得ぬ人は必ずしも忘れてかなうまじき人にあらず

無名の文学者大津が、自分の原稿の冒頭に書いた句として秋山に示す言葉。恩義ある人ではなく、旅先で一度すれ違っただけの人こそ忘れられないという、この作品の主題が凝縮されている。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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