源おじ(国木田独歩)のあらすじ・登場人物
港町の渡し守の暮らし
- 心理
- 文字数
- 11,458字
- 読了目安
- 約23分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 大分県
この作品について
国木田独歩が1897年(明治30)8月に『文芸倶楽部』へ発表した短編。のちに『武蔵野』に収められた。独歩は若い頃に大分県の佐伯で教師を務めており、その土地の記憶が舞台の背景にある。港町の渡し守を務める老人「源おじ」と、彼の身の回りの人々が描かれる。老人の日々の仕事や暮らしぶりを丹念に追う、初期の独歩の作風を伝える一編である。
あらすじ
都から佐伯の町へ語学を教えに来た若い教師は、桂と呼ぶ港の岸に間借りして暮らすうち、宿の主人夫婦から一人の老人の身の上話を聞く。老人の名は源おじ――池田源太郎。若い頃に妻のゆりを、ついで一人息子の幸助を失い、いまは天涯孤独に渡し舟を漕いで日々の糧を得ている。無口で偏屈と町の者から疎まれながらも、黙々と櫓を握る老人であった。ある日、源おじは町をさまよう身寄りのない乞食の少年・紀州を見かけ、憐れんで家に引き取る。子を亡くした老人にとって、少年と暮らす日々は思いがけずよみがえった幸福だった。粗末ながらも食を分かち、我が子のように世話を焼き、老いた胸に再びぬくもりが宿る。だが少年は、老人の情を受けとめきれなかったのか、ある日ふいに源おじのもとを去り、そのまま姿を消してしまう。妻を、子を、そして最後の心のよりどころであった少年をも失った源おじは、深い絶望に沈む。そしてある夜、彼はひそかに海辺の松の枝に縄をかけ、みずから命を絶つのだった。老人の孤独と、報われぬ愛の悲しみを、格調高い文語体で綴った独歩初期の名品である。
登場人物
- 源おじ(池田源太郎) 佐伯の港町の渡し守。妻ゆりと一人息子幸助を失った孤独な老人
- 紀州 源おじが引き取る身寄りのない乞食の少年。やがて姿を消す
- 若い教師 都から佐伯へ語学を教えに来た青年。宿の主人夫婦から源おじの身の上を聞く語り手
冒頭部(原文より)
都より一人の年若き教師下りきたりて佐伯の子弟に語学教うることほとんど一年、秋の中ごろ来たりて夏の中ごろ去りぬ。夏の初め、彼は城下に住むことを厭いて、半里隔てし、桂と呼ぶ港の岸に移りつ、ここより校舎に通いたり。かくて海辺にとどまること一月、一月の間に言葉かわすほどの人識りしは片手にて数うるにも足らず。その重なる一人は宿の主人なり。ある夕、雨降り風起ちて磯打つ波音もやや荒きに、独りを好みて言葉すくなき教師もさすがにもの淋しく、二階なる一室を下りて主人夫婦が足投げだして涼みいし縁先に来たりぬ。夫婦は燈つけんともせず薄暗き中に団扇もて蚊やりつつ語れり、教師を見て、珍らしやと坐を譲りつ。夕闇の風、軽ろく雨を吹けば一滴二滴、面を払うを三人は心地よげに受けてよもやまの話に入りぬ。
「源おじ」国木田独歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
「われ行かん」若者は舷燈を地に置きて走りゆきぬ。十歩の先すでに見るべし。道に差出でし松が枝より怪しき物さがれり。胆太き若者はずかずかと寄りて眼定めて見たり。縊れるは源叔父なりき。 桂港にほど近き山ふところに小さき墓地ありて東に向かいぬ。源叔父の妻ゆり独子幸助の墓みなこの処にあり。「池田源太郎之墓」と書きし墓標またここに建てられぬ。幸助を中にして三つの墓並び、冬の夜は霙降ることもあれど、都なる年若き教師は源叔父今もなお一人淋しく磯辺に暮し妻子の事思いて泣きつつありとひとえに哀れがりぬ。 紀州は同じく紀州なり、町のものよりは佐伯附属の品とし視らるること前のごとく、墓より脱け出でし人のようにこの古城市の夜半にさまようこと前のごとし。ある人彼に向かいて、源叔父は縊れて死にたりと告げしに、彼はただその人の顔をうちまもりしのみ。
「源おじ」国木田独歩(青空文庫)
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