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武蔵野(国木田独歩)のあらすじ・登場人物

雑木林に見つけた新しい美

国木田独歩 1898年(明治31年)1月 「国民之友」

文字数
15,609字
読了目安
約31分
表記
新字新仮名
種別
随筆
舞台
  • 東京都
  • 埼玉県

この作品について

国木田独歩の代表的な作品。初出は1898年(明治31)1月の『国民之友』で、題は「今の武蔵野」だった。のちに改題され、1901年の作品集『武蔵野』の表題作となる。冒頭近くには古い記録の一節が引かれ、作者は日記の記述を織り込みながら、東京近郊の雑木林を歩く。名所ではなく落葉樹の林や小径に美を見いだす見方は、日本の風景描写に大きな影響を与えた。

あらすじ

作者は、かつて画や歌の中でばかり想像されてきた「武蔵野」が、今どのような姿でどこに残っているのかを確かめたいという望みを抱く。古地図に記された古戦場の一節や、ツルゲーネフ「あいびき」に描かれた落葉林の情景を引きながら、渋谷付近に住んでいた頃の自身の日記を紐解いてゆく。そこに写しとられているのは、名所旧跡の類ではない。楢の類の落葉林のざわめき、時雨の音、朝もやと夕日、月の光、小鳥のさえずり、そして林のあいだの小径を行き交う人々の声――四季朝夕に移ろう平凡な雑木林の風景そのものである。作者は、かつて日本人が松林ばかりを美と見て顧みなかった落葉林の美を、ここで新たに発見してみせる。林から林、野から野へと当てもなく歩き、道に迷うことをこそ楽しみ、林の奥に沈む夕日や、畑のかなたに聞こえる汽笛の響きに耳を澄ます。都会と田園の境にひろがる、しめやかで新鮮な自然の趣を、繊細な観察と抒情でとらえた本作は、日本の近代散文に「風景の発見」をもたらした記念碑的作品として名高い。

冒頭部(原文より)

「武蔵野の俤は今わずかに入間郡に残れり」と自分は文政年間にできた地図で見たことがある。そしてその地図に入間郡「小手指原久米川は古戦場なり太平記元弘三年五月十一日源平小手指原にて戦うこと一日がうちに三十余たび日暮れは平家三里退きて久米川に陣を取る明れば源氏久米川の陣へ押寄せると載せたるはこのあたりなるべし」と書きこんであるのを読んだことがある。自分は武蔵野の跡のわずかに残っている処とは定めてこの古戦場あたりではあるまいかと思って、一度行ってみるつもりでいてまだ行かないが実際は今もやはりそのとおりであろうかと危ぶんでいる。ともかく、画や歌でばかり想像している武蔵野をその俤ばかりでも見たいものとは自分ばかりの願いではあるまい。それほどの武蔵野が今ははたしていかがであるか、自分は詳わしくこの問に答えて自分を満足させたいとの望みを起こしたことはじつに一年前の事であって、今はますますこの望みが大きくなってきた。  さてこの望みがはたして自分の力で達せらるるであろうか。自分はできないとはいわぬ。容易でないと信じている、それだけ自分は今の武蔵野に趣味を感じている。たぶん同感の人もすくなからぬことと思う。

「武蔵野」国木田独歩(青空文庫)

末尾部(原文より)

 かんてらから黒い油煙が立っている、その間を村の者町の者十数人駈け廻わってわめいている。いろいろの野菜が彼方此方に積んで並べてある。これが小さな野菜市、小さな糶売場である。  日が暮れるとすぐ寝てしまう家があるかと思うと夜の二時ごろまで店の障子に火影を映している家がある。理髪所の裏が百姓家で、牛のうなる声が往来まで聞こえる、酒屋の隣家が納豆売の老爺の住家で、毎朝早く納豆納豆と嗄声で呼んで都のほうへ向かって出かける。夏の短夜が間もなく明けると、もう荷車が通りはじめる。ごろごろがたがた絶え間がない。九時十時となると、蝉が往来から見える高い梢で鳴きだす、だんだん暑くなる。砂埃が馬の蹄、車の轍に煽られて虚空に舞い上がる。蝿の群が往来を横ぎって家から家、馬から馬へ飛んであるく。  それでも十二時のどんがかすかに聞こえて、どことなく都の空のかなたで汽笛の響がする。

「武蔵野」国木田独歩(青空文庫)

名文

「武蔵野の俤は今わずかに入間郡に残れり」と自分は文政年間にできた地図で見たことがある。

江戸期の地図に記された一句を手がかりに書き起こす冒頭。失われゆく武蔵野の面影を自らの足で確かめて歩く、近代随筆の記念碑。

元来日本人はこれまで楢の類いの落葉林の美をあまり知らなかったようである。

松林ばかりを愛でてきた日本の文学に異を唱える一節。武蔵野の雑木林の美しさを、はじめて言葉にしてみせた。

武蔵野に散歩する人は、道に迷うことを苦にしてはならない。どの路でも足の向くほうへゆけばかならずそこに見るべく、聞くべく、感ずべき獲物がある。

武蔵野の美しさは当てもなく道を歩くことで得られると説く一節。名所ではなく、林や野の小道そのものに美を見出した独歩の新しい眼差しが表れている。

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原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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