河霧(国木田独歩)のあらすじ・登場人物
二十年ぶりに帰ってきた故郷
- 心理
- 文字数
- 7,575字
- 読了目安
- 約15分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
1898年(明治31年)8月、『国民之友』に発表された国木田独歩の短編。大きな事業を夢見て故郷の城下町を出た上田豊吉は、およそ二十年ののち、何事も成し得ないまま故郷の士族屋敷へ戻ってくる。かつて「杉の杜のひげ」と呼ばれた口の悪い老人が豊吉の門出に投げかけた予言を軸に、変わり果てた町と変わらない小川の景色、零落した帰郷者を迎える人々の情けを描いていく。予言がどこまで当たり、何を言い残したかを語り手が数え上げる、独特の構えをもつ作品。
あらすじ
上田豊吉は二十二歳のとき、郷党の期待を背に故郷の城下町岩――を出て東京へ向かった。ただ「杉の杜のひげ」とあだ名される並木善兵衛老人だけが、豊吉は何もしでかせず、五年十年のうちにきっと蒼くなって帰ってくると予言した。善人で才もあるが、どこか影が薄く気の小さい豊吉は、二十年のあいだ東京や東北で事業を試みては精根を使い果たし、四十ばかりのやつれた姿で故郷に戻る。九月なかばの午後、士族屋敷をさまよった豊吉は、昔の釣り場の小川で兄貫一の子源造に出会い、名乗ると源造は驚いて逃げ帰る。豊吉の帰郷を知った昔の知人たちは、零落を気の毒がりながらも温かく迎え、兄も心を尽くして介抱する。兄の子のお花、源造、勇はすぐに叔父に懐き、豊吉は希望なき安心のなかで居眠りばかりして暮らす。やがて子供たちに素読を授けたことから、私塾を開いてはどうかと人々が勧め、豊吉も喜んで承諾する。片山の道場を借りて机を集め、開校式を翌日に控えた月の夜、準備を終えた豊吉は帰り道を変えて、七年前に死んだ善兵衛の墓に腰をかける。豊吉は、自分の精根がすでに枯れ果て、私塾設立という言葉にも何の弾力も感じなくなっていることを知る。川岸に下りた豊吉は、繋がれていた小舟に乗って棹をさし、河霧の淡く浮かぶ川下へと下っていった。流れの末はまもなく海である。豊吉はついに再び岩――に帰らず、最も悲しんだのはお花と源造だった。
登場人物
- 上田豊吉 二十年ぶりに故郷へ帰ってきた四十ばかりの男
- 並木善兵衛 「杉の杜のひげ」と呼ばれた口の悪い老人。豊吉の門出に予言をした
- 上田貫一 豊吉の兄
- お花 貫一の娘。十五歳
- 源造 貫一の息子。十二、三歳の釣り好きの少年
- 勇 貫一の末の子。七歳
冒頭部(原文より)
上田豊吉がその故郷を出たのは今よりおおよそ二十年ばかり前のことであった。 その時かれは二十二歳であったが、郷党みな彼が前途の成功を卜してその門出を祝した。 『大いなる事業』ちょう言葉の宮の壮麗しき台を金色の霧の裡に描いて、かれはその古き城下を立ち出で、大阪京都をも見ないで直ちに東京へ乗り込んだ。 故郷の朋友親籍兄弟、みなその安着の報を得て祝し、さらにかれが成功を語り合った。
「河霧」国木田独歩(青空文庫)
末尾部(原文より)
河舟の小さなのが岸に繋いであった。豊吉はこれに飛び乗るや、纜を解いて、棹を立てた。昔の河遊びの手練がまだのこっていて、船はするすると河心に出た。 遠く河すそをながむれば、月の色の隈なきにつれて、河霧夢のごとく淡く水面に浮かんでいる。豊吉はこれを望んで棹を振るった。船いよいよ下れば河霧次第に遠ざかって行く。流れの末は間もなく海である。 豊吉はついに再び岩――に帰って来なかった。もっとも悲しんだものはお花と源造であった。
「河霧」国木田独歩(青空文庫)
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