ヰタ・セクスアリス(森鴎外)のあらすじ・登場人物
性欲の歴史を淡々と綴る異色作
- 心理
- 文字数
- 58,405字
- 読了目安
- 約1時間57分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1909年7月、「スバル」に発表された森鴎外の小説。題名はラテン語で「性的生活」を意味し、掲載誌は発売禁止処分を受け、作者の生前には単行本化されなかった。主人公の金井湛は、小説をよく読む哲学者。自然主義の作品が人の暮らしを性欲と強く結びつけて描くことに疑問を抱き、自分の幼少期から青年期までを振り返ってみようと考える。こうして、小説を読む人間が、自分の経験を文章にするという仕組みが生まれる。金井を紹介する語りには皮肉や可笑しみがあり、回想の前には、文学や芸術が人間をどう説明するかという議論が置かれている。性をめぐる経験の列挙だけでなく、その経験を選び、整理して書く態度も読みどころ。世間で語られる「人生」と自分の実感との隔たりを、観察と問いによって確かめようとする作品であり、当時の文学への批評を物語の形で読むことができる。
あらすじ
哲学者の金井湛君は、世間で性欲の研究が流行し、自然主義の小説が性を人生の一大事のように書き立てるのを見て、自分の性欲の歴史を書いてみようと思い立つ。6歳、寺子屋帰りに春画を見せられた記憶。10歳、殿様の御殿で見た絵草紙。13歳、独逸語学校の寄宿舎で美少年として硬派の上級生に付け狙われ、身を守るために古下駄を枕元に置いて寝た日々。17歳、豪傑肌の学友・古賀に誘われた吉原での初めての経験。それらの記憶を、金井君は科学者のような正確さで、時に苦笑を交えながら書き進める。恋愛らしい恋愛のないまま、性欲を「馴らした虎」のように制御して生きてきた半生である。書き終えた原稿を読み返した金井君は、これは世間には出せない、息子にも読ませたくないと思う。そして表紙にラテン語で「VITA SEXUALIS」と大書し、文庫の中へばたりと投げ込んでしまうのだった。
登場人物
- 金井湛 自らの性欲の歴史を書き綴る哲学者。理知的で冷静な観察者
- 古賀 金井君を吉原へ誘う豪傑肌の学友
- 児島 文学好きの学友
冒頭部(原文より)
金井湛君は哲学が職業である。哲学者という概念には、何か書物を書いているということが伴う。金井君は哲学が職業である癖に、なんにも書物を書いていない。文科大学を卒業するときには、外道哲学と Sokrates 前の希臘哲学との比較的研究とかいう題で、余程へんなものを書いたそうだ。それからというものは、なんにも書かない。
「ヰタ・セクスアリス」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
しかしこれを読んだ子の心に現われる効果は、予め測り知ることが出来ない。若しこれを読んだ子が父のようになったら、どうであろう。それが幸か不幸か。それも分らない。Dehmel が詩の句に、「彼に服従するな、彼に服従するな」というのがある。我子にも読ませたくはない。 金井君は筆を取って、表紙に拉甸語で VITA SEXUALIS と大書した。そして文庫の中へばたりと投げ込んでしまった。
「ヰタ・セクスアリス」森鴎外(青空文庫)
名文
金井湛君は哲学が職業である。
主人公を一行で紹介する簡潔な書き出し。性欲の記憶をあくまで冷静に書き綴り、発売禁止処分を受けた問題作の入口。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。