文芸の主義(森鴎外)のあらすじ・登場人物
芸術に主義はいらない
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- 1,146字
- 読了目安
- 約2分
- 表記
- 新字新仮名
この作品について
芸術に主義は本来ないという立場から、自然主義と個人主義をめぐる当時の議論に短く答えた文章。ゾラが自然主義という名に縛られて窮屈な作を書いたこと、イタリアのフォガッツァーロが晩年に保守的な作を書いて芸術上の品位を下げたことを例に、主義に固まることを戒める。自然主義を自由恋愛主義と結びつける俗説を退け、個人主義と利己主義を分け、芸術の自由な発展を妨げる国は栄えないと述べる。文中にフォガッツァーロの死への言及があり、1911年ごろの文章とみられるが、初出ははっきりしない。
あらすじ
鴎外は、芸術に主義というものは本来なく、芸術そのものが一つの大きな主義だと述べる。ゾラは自家の芸術に自然主義という名を付けて、その主義に縛られた結果、窮屈な作を書くようになった。イタリアのフォガッツァーロも、晩年に宗教的な立場に固まって、芸術上の品位を落とした。自然主義はつとめて自然に触れて書くという程度の意味で、芸術がそうあるのは当然のことであり、自由恋愛主義と結びつける説は誤っている。近ごろは個人主義が話題になるが、芸術が人の内生活を対象とする以上、芸術は正しい意味で個人的であり、それは家族や社会、国家を壊すものではない。自我主義・利己主義は別のものとして倫理上排斥すべきだが、個人主義という漠然とした名で芸術を迫害するのは国家のためにも惜しむべきことで、学問の自由な研究と芸術の自由な発展を妨げる国は栄えないと結ぶ。
冒頭部(原文より)
芸術に主義というものは本来ないと思う。芸術そのものが一の大なる主義である。 それを傍から見て、個々別々の主義があるように思うに過ぎない。 Emile Zola(エミール・ゾラ)なんぞは自家の芸術に自然主義という名をつけていた。そうして書いているうちに、しだいにその主義というものに縛せられてしまって終に出した二、三部の作は、すこぶる窮屈なものになっていた。
「文芸の主義」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
利己主義は倫理上に排斥しなくてはならない。個人主義という広い名の下に、いろいろな思想を籠めておいて、それを排斥しようとするのは乱暴である。 無政府主義と、それといっしょに芽ざした社会主義との排斥をするために、個人主義という漠然たる名をつけて、芸術に迫害を加えるのは、国家のために惜しむべきことである。 学問の自由研究と芸術の自由発展とを妨げる国は栄えるはずがない。
「文芸の主義」森鴎外(青空文庫)
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