森鴎外の生涯と代表作
軍医にして文豪
- 生没
- 1862–1922
- 出身
- 島根県
- 文学史
- 浪漫主義
- 余裕派・高踏派
- Wikipedia
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略歴
1862年(文久2年)、石見国津和野(現・島根県津和野町)生まれ。本名は森林太郎。代々津和野藩の典医を務める家に生まれ、東京大学医学部を卒業後、陸軍軍医となる。1884年(明治17年)からドイツに留学し、帰国後まもなく発表した「舞姫」で文壇に登場した。軍医としても頭角を現し、1907年(明治40年)には軍医の最高位である陸軍軍医総監に就任する一方、翻訳・評論・創作の各分野で旺盛な執筆を続けた。晩年は「阿部一族」「山椒大夫」「高瀬舟」など史実や伝説に取材した歴史小説・史伝に独自の境地を開き、夏目漱石と並び称される近代日本文学の巨匠となった。1922年(大正11年)、腎萎縮のため60歳で死去。
収録作品
- 舞姫 1890年(明治23年)1月
- うたかたの記 1890年(明治23年)8月
- みちの記 1890年(明治23年)8月
- 文づかひ 1891年(明治24年)1月
- 即興詩人 1892年(明治25年)11月
- そめちがへ 1897年(明治30年)8月
- ヰタ・セクスアリス 1909年(明治42年)7月
- 青年 1910年(明治43年)3月
- 雁 1911年(明治44年)9月
- かのように 1912年(大正元年)1月
- 興津弥五右衛門の遺書 1912年(大正元年)10月
- 阿部一族 1913年(大正2年)1月
- ファウスト 1913年(大正2年)1月
- 病院横町の殺人犯 1913年(大正2年)6月
- 堺事件 1914年(大正3年)2月
- 安井夫人 1914年(大正3年)4月
- 山椒大夫 1915年(大正4年)1月
- じいさんばあさん 1915年(大正4年)9月
- 最後の一句 1915年(大正4年)10月
- 高瀬舟 1916年(大正5年)1月
- 寒山拾得 1916年(大正5年)1月
- 渋江抽斎 1916年(大正5年)1月
- 伊沢蘭軒 1916年(大正5年)6月