不苦心談(森鴎外)のあらすじ・登場人物
訳者が認める誤訳の数々
- 文字数
- 4,040字
- 読了目安
- 約8分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
この作品について
鴎外が訳した『ファウスト』の訳業について、苦心を話すよう「東亜之光」の編者に勧められて書いた文章。苦心しなかったと断った上で、底本にはハルナック版を使い、疑わしい箇所をゾフィー版で調べたこと、先行する高橋五郎や町井正路の訳とは別に原文を素直に読んで感じを直写しようとしたことを述べる。後半では、伊庭孝・杉梅三郎・向軍治から指摘された誤訳を一つずつ挙げ、礼を述べて訂正する。初出の年月は定かでない。
あらすじ
鴎外は、ファウストを訳したときの苦心を話すよう勧められたが、自分は苦心していないと述べる。零細な時間を利用して訳したので、持ち歩きやすいハルナック本を底本とし、疑わしい箇所だけをゾフィー版で調べた。原文を素直に読んで、その時の感じを直写しようと思っていたからである。先行する高橋五郎・町井正路の訳は、自分が訳し終わるまで読まず、その努力を認めている。次に、自分の訳本の正誤表をめぐる経緯を述べ、誤植・誤写・誤訳を区別したうえで、指摘されて承認した誤訳を公に発表して謝したいという。伊庭孝が指摘した「敷居」を「鴨居」と訳した例、花弁を葉と訳した例、杉梅三郎が指摘した老女を老人たちと訳した例、向軍治が指摘した役者を作者と訳した例を挙げて礼を述べる。最後に、誤訳のない翻訳はなく、努力するしかないと述べて結ぶ。
冒頭部(原文より)
一 ファウストを訳した時の苦心を話すことを、東亜之光の編者に勧められた。然るに私は余り苦心していない。少くも話の種にする程、苦心していない。こう云うのがえらがるのでないことは勿論である。また過誤のあった時、分疏をするために予め地をなして置くのでもない。これは私の性質と境遇とから生じた事実である。あるいはそれではギョオテに済むまいと誚められるかも知れない。しかしこれまで舞台に上されるファウストを日本語で書いた人もなく、またそう云う人が近い将来に出そうでもなかったので、無謀かは知らぬが、私がその瀬踏をして見た。これは苦労性の人には出来ぬ事かも知れない。私の性質と境遇とが、却て比較的短日月の間にそれをさせたのだと云っても好いかも知れない。
「不苦心談」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
ファウストは一万二千百十一句ある。その中で諸家のコンメンタアルに異説のある難句が、枚挙するに遑あらぬ程である。然るにここに書いた四箇条の誤訳は、皆極平易な句に過ぎぬ。そうでないのは所謂「とがき」などである。今後は難渋な句の誤訳をも、もしどこかにあったら、発見して貰いたい。私は訳本ファウストを読まれる人達に、一層深い望を属している。
「不苦心談」森鴎外(青空文庫)
原文を読む
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