みちの記(森鴎外)のあらすじ・登場人物
旅の道すがら、洋服の勢力を見た
- 文字数
- 7,199字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 長野県
この作品について
明治二十三年の夏、二十八歳の森鴎外が信州の山田温泉に滞在した折の紀行。碓氷峠を越える鉄道馬車の難儀、山あいの湯宿の暮らし、隣室の男の高言、そして道中で見せつけられた「洋服の勢力」——若い鴎外の眼が、旅の細部をよく見ている。
あらすじ
八月十七日、上野発の一番汽車。横川からは青ペンキ塗りの木箱のような鉄道馬車で碓氷峠にかかる。十二人の客の膝は犬牙のように交錯し、帆木綿の帳を閉じれば汗の臭いが車に満ちて頭が割れそうになる——旅の書き出しから、鴎外の観察は具体的である。軽井沢、上田、須坂を経て、牛の背を借りて山道を登り、たどり着いたのは信州山田の温泉。東京の客など絶えて見えない、戸数十五戸の山あいの湯である。宿の食事は野菜と岩魚のみ、寝具は一人一銭五厘、朝の洗顔は家の前の流れで。湯壺では男女が周囲に臥して湯を灌ぎ、進むには頸を越え足を踏まねばならない。滞在中の日記には、隣室で県庁の話ばかりする鬚の男への辛辣な観察、宿の主人と交わす話、荼毘所の造りの写生、そして同宿の判事から聞いた臼井六郎の仇討ち譚まで、さまざまが書きとめられる。帰路は水害で寸断された鉄道を、鞋をはき、山を越え渓を渡って継いでゆく。最後に鴎外が書き残すのは、この旅の間じゅう目にした「洋服の勢力」だった。上等の座敷の畳は洋服でなければ踏みがたい、旅する者は心得置くべきである、と。
冒頭部(原文より)
明治二十三年八月十七日、上野より一番汽車に乗りていず。途にて一たび車を換うることありて、横川にて車はてぬ。これより鉄道馬車雇いて、薄氷嶺にかかる。その車は外を青「ペンキ」にて塗りたる木の箱にて、中に乗りし十二人の客は肩腰相触れて、膝は犬牙のように交錯す。
「みちの記」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
渾てこの旅の間に、洋服の勢力あるを見しこと、幾度か知られず。茶店、旅宿などにても、極上等の座敷のたたみは洋服ならでは踏みがたく、洋服着たる人は、後に来りて先ず飲食することをも得つべし。茶代の多少などは第二段の論にて、最大大切なるは、服の和洋なり。旅せんものは心得置くべきことなり。されど奢るは益なし。洋服にてだにあらば、帆木綿にてもよからん。白き上衣の、腋の下早や黄ばみたるを着たる人も、新しき浴衣着たる人よりは崇ばるるを見ぬ。
「みちの記」森鴎外(青空文庫)
原文を読む
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