新帰朝者日記(永井荷風)のあらすじ・登場人物
洋行帰りの目に映る明治
- 社会
- 心理
- 文字数
- 36,540字
- 読了目安
- 約1時間13分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
1909年(明治42年)10月の『中央公論』に発表された永井荷風の小説で、末尾に「明治四十二年七月作」とある。アメリカとフランスで暮らした荷風が、帰国の翌年に書いた作品の一つ。語り手は八年に及ぶ欧米生活から帰った子爵家の跡取りで、ピアノと西洋音楽を愛する青年。十一月から翌年二月までの日記に、寒風の吹き込む日本家屋、乱雑な電車、洋行帰りに向けられる決まりきった質問、西洋の外形だけを取り入れた明治の文明への苛立ちを書きつけていく。江戸文学に心を寄せる旧友の小説家宇田流水や、皮肉を好む大学助教授高佐との対話が議論を広げ、イタリア大使館で出会ったフランス語を話す令嬢春子への思いが日記に彩りを添える。帰朝者の目から明治の社会を批評した、文明批評の色の濃い作品である。
あらすじ
八年の欧米生活から父の病で急ぎ帰国した「自分」は、東京一番町の屋敷で半年を過ごしながら、寒風の吹き込む日本家屋や、何事も外形だけを西洋に倣う明治の世に不満を募らせる。慈善音楽会でショパンを弾き、パリで知り合った大学助教授の高佐と西洋芸術を語り合う。高等学校時代の俳句仲間の会に誘われて箱根塔ノ沢の宴に加わると、自分が教師と衝突して退校になった昔話が出る。眠れぬ夜、維新の元老が書いた額の下で憤り、江戸文学を愛し反抗の生涯を送る小説家の宇田流水と語り合って親しくなる。私立音楽学校の経営者黒川が子爵の名を広告に借りたいと訪ねてきたのを断り、明治の人間の軽薄さへの嫌悪を深める。年が明けると歌劇「隅田川」の台本に取りかかり、イタリア大使館の茶会で銀行頭取の令嬢春子と出会う。カトリックの女学校で育ちフランス語を話す春子に心を惹かれ、フランス語の手紙を交わして、寄寓先の米国人フォオト家を訪ねる。流水とは日本橋から銀座を歩いて明治の街を嘲り、流水が江戸の名残として花柳界を愛する理由を聞く。だが一月末、春子がフォオト夫人の弟ジェエムスと婚約の意志を示したため、両親に実家へ連れ戻されたと知らされる。自分は嫉妬よりも、日本の女性が外国人を恋人に選んだことを喜び、結婚を成就させたいと手紙を送るが、返事は来ない。高佐の新著『市街美論』の皮肉な序文に感心した二日後、フォオト家が日本を去るとの知らせが届き、春子からはついに音信がないままである。
登場人物
- 自分 八年の欧米生活から帰国した青年。子爵の跡取りで、ピアノと西洋音楽を愛する
- 高佐 パリで知り合った大学の助教授。皮肉を好む美学者
- 宇田流水 高等学校時代の旧友。徳川文学に親しみ新聞小説を書く独身の文士
- 春子 銀行頭取の長女。カトリックの女学校で育ちフランス語を話す
- 黒川誠也 私立洋楽院の経営者
- フォオト夫妻 築地に住み日本の仏像を研究する米国人
冒頭部(原文より)
十一月廿八日 あゝ丁度半年目だ。月日のたつのは早い。日本に歸つてからもう半年たつた。また今日も風か。何といふ寒い風だらう。十一月悲しき十一月、冬が來ると世界中何處へ行つても寒い。亞米利加から歐羅巴、地中海から印度洋を旅して來た經驗から考へても、要するに神の作つた地球上の天候は至る處人類の生活に適して居ない事が分る。暑くもなく寒くもなく、人間をして他の動物と同じやうに青草の上に横はつて心持よく青空を眺めさせるやうな時節は、春の末から夏の初めにかけてほんの一箇月ほどしかない。
「新帰朝者日記」永井荷風(青空文庫)
末尾部(原文より)
二月十七日 フオオト氏の一家はいよ/\日本を去るべき由を手紙で知らして來た。先づ印度に赴いて其れから埃及と希臘を巡遊して歸國すると云ふ事である。春子はどうしたのであらう。遂に音信がない………。
「新帰朝者日記」永井荷風(青空文庫)
原文を読む
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