永井荷風の生涯と代表作
東京をそぞろ歩き
- 生没
- 1879–1959
- 出身
- 東京都
- 文学史
- 耽美派
- Wikipedia
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略歴
1879年(明治12年)、東京小石川生まれ。本名は壮吉。高等商業学校附属外国語学校清語科を中退後、広津柳浪に入門して文学修業を積んだ。1902年(明治35年)に「地獄の花」を発表して森鴎外に激賞され、翌1903年から実業家の父の意向でアメリカ・フランスに渡った。帰国後、その見聞を「あめりか物語」「ふらんす物語」に結実させ、鴎外と上田敏の推薦により慶應義塾大学教授に就任、雑誌「三田文学」を主宰して谷崎潤一郎ら新進作家を世に送り出した。江戸情緒への傾倒を深め、「すみだ川」「腕くらべ」「つゆのあとさき」など下町の風俗と滅びゆく美を描く独自の文学世界を築き、日記「断腸亭日乗」を1917年(大正6年)から死の前日まで書き継いだ。日々の暮らしとともに、変貌する東京の街や戦時下の社会への観察を残している。晩年の代表作「濹東綺譚」は荷風文学の集大成とされる。1959年(昭和34年)、市川市の自宅で79歳の生涯を閉じた。
収録作品
- 寺じまの記
- 葛飾土産
- 狐 1909年(明治42年)1月
- 深川の唄 1909年(明治42年)2月
- 監獄署の裏 1909年(明治42年)3月
- 歓楽 1909年(明治42年)7月
- 新帰朝者日記 1909年(明治42年)10月
- すみだ川 1909年(明治42年)12月
- 妾宅 1912年(大正元年)4月
- 散柳窓夕栄 1913年(大正2年)1月
- 珊瑚集 1913年(大正2年)4月
- 浮世絵の鑑賞 1914年(大正3年)1月
- 日和下駄 1914年(大正3年)8月
- 断腸亭日乗 1917年(大正6年)9月
- 断腸亭日乗 大正六年 1917年(大正6年)9月
- 断腸亭日乗 大正七年 1918年(大正7年)1月
- 断腸亭日乗 大正八年 1919年(大正8年)1月
- 断腸亭日乗 大正九年 1920年(大正9年)1月
- 断腸亭日乗 大正十年 1921年(大正10年)1月
- 雨瀟瀟 1921年(大正10年)3月
- つゆのあとさき 1931年(昭和6年)10月
- ひかげの花 1934年(昭和9年)8月
- 濹東綺譚 1937年(昭和12年)4月
- 勲章 1946年(昭和21年)1月
- 来訪者 1946年(昭和21年)9月
- 或夜 1946年(昭和21年)10月
- にぎり飯 1947年(昭和22年)11月