日和下駄(永井荷風)のあらすじ・登場人物
下駄と傘で歩く東京散策記
- 文字数
- 50,000字
- 読了目安
- 約1時間40分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 随筆
- 舞台
- 東京都
この作品について
永井荷風の代表的随筆。1914年(大正3年)8月から翌年にかけて「三田文学」に連載され、副題を「一名 東京散策記」という。人並はずれて背の高い荷風が、日和下駄をはき蝙蝠傘を提げて東京市中をあてもなく歩きまわり、淫祠・樹・地図・寺・水(河と掘割)・路地・崖・坂・夕陽・富士眺望といった主題ごとに、消えゆく江戸の名残と、近代化に荒らされてゆく都市の風景を書きとめる。名所旧跡よりも裏通りや場末の暮らしにこそ美を見いだす荷風散策文学の頂点をなし、後世の東京論・都市随筆に多大な影響を与えた古典である。
あらすじ
「人並はずれて丈が高い上にわたしはいつも日和下駄をはき蝙蝠傘を持って歩く」――変わりやすい東京の空を信用しない荷風は、いつ驟雨が来てもよいよう日和下駄と蝙蝠傘をたずさえ、目的も定めず市中をそぞろ歩く。淫祠、樹木、地図、寺、水(河と掘割)、路地、崖、坂、夕陽、そして富士の眺望――荷風は章ごとに散策の主題を立て、裏通りや場末に残る江戸の名残を愛おしみ、鉄橋やアスファルトやセメントに固められて日々破壊されてゆく都市の景観を惜しむ。名所旧跡をありがたがる遊覧ではなく、うらぶれた横町や崖下の暮らしにこそ美を見いだす荷風の眼が、失われゆく東京の相貌をこまやかに描きとめてゆく。近代都市に背を向けた文明批評であると同時に、市井の風景への尽きせぬ愛惜に貫かれた、東京散策文学の白眉である。
冒頭部(原文より)
人並はずれて丈が高い上にわたしはいつも日和下駄をはき蝙蝠傘を持って歩く。いかに好く晴れた日でも日和下駄に蝙蝠傘でなければ安心がならぬ。これは年中湿気の多い東京の天気に対して全然信用を置かぬからである。
「日和下駄」永井荷風(青空文庫)
末尾部(原文より)
わたしは富士の眺望よりしてたまたま蘇山人が留別の一句を想い惆悵としてその人を憶うて止まない。
「日和下駄」永井荷風(青空文庫)
名文
人並はずれて丈が高い上にわたしはいつも日和下駄をはき蝙蝠傘を持って歩く。いかに好く晴れた日でも日和下駄に蝙蝠傘でなければ安心がならぬ。これは年中湿気の多い東京の天気に対して全然信用を置かぬからである。
永井荷風『日和下駄』(1915年刊)の本文の書き出し。晴れた日にも下駄と傘で歩くのは東京の天気を信用しないからだと、とぼけた調子で始める。消えゆく江戸の名残をたずねる東京散策記の、荷風らしい導入。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。