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寺じまの記(永井荷風)のあらすじ・登場人物

乗合自動車で玉の井へ

永井荷風 

文字数
6,567字
読了目安
約13分
表記
新字新仮名
種別
随筆
舞台
  • 東京都

この作品について

末尾に「昭和十一年四月」と記された永井荷風の随筆。荷風はこの翌年、玉の井の私娼街を舞台にした小説『濹東綺譚』を発表している。浅草雷門前から京成の乗合自動車に乗り、吾妻橋を渡って向島の堤を北へ、白鬚橋のたもとを過ぎて玉の井に至るまでの道のりを、停留場の名や乗り合わせた客の風体とともに記す。「ぬけられます」の灯がともる迷路のような路地に入り込み、窓から呼びかける女と言葉を交わす一夜の見聞録で、震災後に急に町となった東京の東郊を、明治・大正の向島の記憶と重ねながら書き留めている。

あらすじ

ある夜、わたくしは浅草雷門前から黄色く塗った京成乗合自動車に乗る。吾妻橋を渡り、源森橋、須崎町、弘福寺前と進み、桜の一本もない堤を走ると、むかしの須崎村の柳畑のあたりにはもう面影がない。白鬚橋のたもとから狭い道を曲がるうちに灯が増え、活動小屋や商店の並ぶ玉の井車庫前で降りる。「ぬけられます」と書いた灯をくぐると、溝に沿って同じような家と路地が迷路のように続き、窓の女たちの「チョイトチョイト」という呼び声は、わたくしに若い頃の吉原や洲崎を思い出させる。女たちの顔は、東京の町のどこにでもいる若い働く女の顔で、朴訥穏和である。わたくしは一軒に上がり、見物だからと茶代だけ置いて、北海道小樽出身の女から、亀戸から移ってきたこと、母の病気のために千円で四年の約束をしていることなどを聞く。路地をさまよったのち、もとの鉄道線路の跡から夜店の並ぶ改正道路へ出て、上野行きの乗合自動車で帰途につく。吾妻橋を渡るころ、松屋の屋根の時計は九時を指していた。

登場人物

冒頭部(原文より)

 雷門といっても門はない。門は慶応元年に焼けたなり建てられないのだという。門のない門の前を、吾妻橋の方へ少し行くと、左側の路端に乗合自動車の駐る知らせの棒が立っている。浅草郵便局の前で、細い横町への曲角で、人の込合う中でもその最も烈しく込合うところである。

「寺じまの記」永井荷風(青空文庫)

末尾部(原文より)

 道の真中に突然赤い灯が輝き出して、乗合自動車が駐ったので、其方を見ると、二、三輌連続した電車が行手の道を横断して行くのである。踏切を越えて、町が俄に暗くなった時、車掌が「曳舟通り」と声をかけたので、わたくしは土地の名のなつかしさに、窓硝子に額を押付けて見たが、木も水も何も見えない中に、早くも市営電車向嶋の終点を通り過ぎた。それから先は電車と前後してやがて吾妻橋をわたる。河向に聳えた松屋の屋根の時計を見ると、丁度九時……。

「寺じまの記」永井荷風(青空文庫)

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