歓楽(永井荷風)のあらすじ・登場人物
老いゆく詩人が語る三度の恋
- 恋愛
- 文字数
- 25,490字
- 読了目安
- 約51分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 東京都
この作品について
永井荷風が1909年(明治42年)7月の「新小説」に発表した小説。アメリカ・フランスから帰国した翌年の作で、末尾に「明治四十二年四月作」と記されている。四月末の日比谷公園で、若い「私」が四十二歳になる文壇の先輩の詩人に、これまで何度恋をしたかと尋ねる。詩人は、自分は十代、二十代、三十代と三度恋をし、三十二歳のときの恋が生涯最後の恋だったと答え、その来し方を語りはじめる。若葉の公園の情景と、フランソワ・コペーやジャン・モレアスの詩句を織り込みながら、恋と芸術のために世間の道徳に背を向けてきた詩人の告白が、旧字旧仮名の流麗な文章で綴られる。
あらすじ
人は幾度恋をすることができるのか。四月末の晴れた午後、「私」は文壇の大家である詩人の先生と日比谷公園を歩きながら、その議論を聞く。若い読者の血を躍らせてきた先生の口髭に白いものが光るのを見て、「私」は、先生はこれまで何度恋をしたのかと尋ねる。先生は、十代、二十代、三十代と三度恋をし、三十二歳のときの恋が最後だったと答え、コペーの詩「涙」を訳して聞かせる。先生の初恋は十六歳、入院先の看護婦への片恋で、彼女が郷里で結婚したと聞いて書いた手紙が、のちに処女作の小説になった。大学に進んだ二十二歳のころには、花柳の巷に出入りして一人の芸者と激しい恋に落ち、退学処分を受ける。落籍される芸者から心中を迫られて承知しながら、その感激を書き残そうと大宮の旅宿で自叙伝めいた一編を書き上げ、帰る道すがら生きる力がよみがえって、約束を破り中国沿岸の叔父のもとへ逃れる。数年後に東京へ戻った先生は、無頼の詩人として放浪の暮らしを送る。そして三十二歳の春、根岸に囲われていた女と恋に落ちる。手紙から旦那に関係が知れて追い出された女は、雨の夜に先生の下宿へ転がり込み、二人は根津の家で暮らしはじめる。だが一緒に暮らすうちに、かつての恍惚はなぜか薄れていった。やがて待合の女主人が、元どおり囲ってやろうという旦那の意向を伝えに来ると、女は田舎の母の世話もあるからと、金で買われた玩具に戻ることを選んで去ってゆく。語り終えた先生は「私」を電車道まで送り、自然は老いずに詩人を慰めるが、詩人の命は春が来るたびに衰えてゆくと呟く。
登場人物
- 私 語り手。文壇の先輩である先生を慕う若い文学者
- 先生 四十二歳の詩人・小説家。生涯の三度の恋を語る
- 根岸の女 根岸に囲われていた女。先生の最後の恋の相手
冒頭部(原文より)
………人は幾度も戀する事が出來るだらうか。唯た一度しか出來ないと、女性は必ず云ひ張るに違ひない。男でも古臭いロマンチツクな夢から覺めないものは、矢張り同じやうな事を云ふかも知れない。
「歓楽」永井荷風(青空文庫)
末尾部(原文より)
先生は長々と過去の戀を物語つた後、私をば電車道まで送つて來て呉れた。靜な芝の公園、木の葉のみか空の星さへ懷しい音樂を奏するかと思はれる初夏の夜。先生は獨語のやうに、「自然はいつも老いずに詩人を慰めるが、詩人の命は春に逢ふ度に衰へて行く。自然はいつも同じ春しか繰返さないが、然し詩は時代と共に變じて、昨日の古い調の繰返される事を決して許さない。こゝにも傷しい矛盾がある。」と云つた。
「歓楽」永井荷風(青空文庫)
原文を読む
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