神鑿(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
双六谷、神の鑿がひらく山奥
- 幻想
- 恋愛
- 文字数
- 65,027字
- 読了目安
- 約2時間10分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 岐阜県
この作品について
双六谷という神秘の山奥を舞台に、彫刻家・香村雪枝が体験する怪異と恋を描いた泉鏡花の中編。城址の濠に浮かぶ朱鷺船、山中に住む謎の老爺、そして駆落ちしてきた男女——現実と幻の境が溶けた鏡花世界の典型であり、「神鑿」すなわち神の鑿という題が、芸術家の魂の在り処を指し示す。
あらすじ
曙の霞のなかから、姿も振りもしっとりとした婦人を肩に担ぐようにして、蒼白い顔の青年がとぼとぼと現れる——物語はその異様な情景から始まる。二人は駆落ちしてきたのか、命がけの喧嘩から逃れてきたのか。背後には松並木も家もなく、崩れた山の峯に昔の城趾の天守だけが残って、鷲が中空に翔るように雲を破って白く見えるばかりである。舞台は双六谷と呼ばれる神秘の山奥。ここに温泉があり、城址の濠には不思議な船を操る老爺がいる。彫刻家の香村雪枝は、この地に取材に訪れ、山中の怪異にたびたび行き会う。神隠しめいた出来事、蘆間から見上げる天守、鷺のように濠を渡る老爺の姿。そして雪枝自身にも、深く恋い慕う女がいた。だがその女・お浦からは、やがて一通の書信が届く。二人が結婚する前から契りを交わした少年の学生がおり、この密月の旅の第一夜から隣室に泊まりつづけていたこと、罪深さに堪えかねて双六谷へ分け入り、諸ともに身を隠すこと——そう書かれていた。読んだ雪枝は神色自若としていた。あわれ、神は香村雪枝を守らせ給う。そうでなければ、これほどまでに恋い慕った女、気が狂わずにはいなかったのである。東京に帰った雪枝は、呼べば応えて現れる双六谷の美女の像を、目を開いて見るようにすらすらと刻み得た。麻袋の鑿小刀は、如意自在に働いたのである。
登場人物
- 香村雪枝 双六谷を訪れる彫刻家
- お浦 雪枝が恋い慕う女
- 老爺 城址の濠で船を操る
冒頭部(原文より)
朱鷺船 一 濡色を含んだ曙の霞の中から、姿も振もしつとりとした婦を肩に、片手を引担ぐやうにして、一人の青年がとぼ/\と顕はれた。 色が真蒼で、目も血走り、伸びた髪が額に被つて、冠物なしに、埃塗れの薄汚れた、処々釦の断れた背広を被て、靴足袋もない素跣足で、歩行くのに蹌踉々々する。
「神鑿」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
年経つて、再び双六の温泉に遊んだ時、最う老爺は居なかつた。が、城址の濠には船があつて、鷺ではない、老爺の姿が、木彫に成つて立つのを見て、渠は蘆間に手を支えて、やがて天守を拝した。 船に乗れば、すら/\と漕いで出て、焼けない処か、もとの位置へすつと戻る……伝へ聞く諾亜の船の如きものであらう。
「神鑿」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
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