人魚の嘆き(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物
水甕に囚われた人魚への恋
- 幻想
- 恋愛
- 文字数
- 18,501字
- 読了目安
- 約37分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
この作品について
清朝の南京を舞台にした耽美的な幻想譚。1917年(大正6年)1月、雑誌「中央公論」に発表された。あらゆる贅と放蕩に飽きた貴公子のもとへ、オランダ人の商人が地中海から連れてきた人魚を売りにくる。ガラスの水甕に囚われた美しい生き物と、水の外から恋い焦がれる人間との、決して交わることのない愛を描く。水島爾保布の挿絵とともに刊行され、谷崎初期の幻想文学を代表する一篇として名高い。
あらすじ
南京の貴公子・孟世は、莫大な富と美貌と才智に恵まれながら、あらゆる遊興に飽き果て、七人の妾も四方の珍酒も彼を慰めない。上元の祭の夕、露台から市街の雑踏を見下ろしていた彼は、驢馬に車を曳かせた異様な風体の西洋人を見つける。阿蘭陀人だというその男は、蘭領の珊瑚島で捕らえた人魚を売りに、半年をかけて亜細亜の港々を巡ってきたのだという。金剛石も紅玉も孔雀も象牙も惜しまず、貴公子は人魚を買い取った。ガラスの水甕に閉じ込められた冷たく美しい生き物に、彼は生まれてはじめての戦慄を覚え、館は静まりかえる。やがて一杯の酒が人魚に人間の言葉を取り戻させ、彼女は故郷の地中海へ帰してほしいと願い出る。
登場人物
- 孟世 南京の貴公子。莫大な富と美貌に恵まれながら倦怠に苦しむ
- 人魚 阿蘭陀人が地中海から連れてきた美しい生き物。人間を愛することを永劫に禁じられている
- 阿蘭陀人 人魚を売りに来た西洋の商人。人魚に似た気高い風貌を持つ
- 七人の妾 貴公子が教坊の美女から選ばせた寵姫たち
冒頭部(原文より)
むかし/\、まだ愛親覚羅氏の王朝が、六月の牡丹のやうに栄え耀いて居た時分、支那の大都の南京に孟世と云ふ、うら若い貴公子が住んで居ました。此の貴公子の父なる人は、一と頃北京の朝廷に仕へて、乾隆の帝のおん覚えめでたく、人の羨むやうな手柄を著はす代りには、人から擯斥されるやうな巨万の富をも拵へて、一人息子の世が幼い折に、此の世を去つてしまひました。すると間もなく、貴公子の母なる人も父の跡を追うたので、取り残された孤児の世は、自然と山のやうな金銀財宝を、独り占めにする身の上となつたのです。
「人魚の嘆き」谷崎潤一郎(青空文庫)
末尾部(原文より)
それから物の五六分過ぎた時分でした。渺茫とした遥かな沖合の、最も眩く、最も鋭く反射して居る水の表面へ、銀の飛沫をざんぶと立てゝ、飛びの魚の跳ねるやうに、身を飜した精悍な生き物がありました。天井の玉兎の海に堕ちたかと疑はれるまで、皎々と輝く妖な姿態に驚かされて、貴公子が其の方を振り向いた瞬間に、人魚はもはや全身の半ば以上を煙波に埋め、双手を高く翳しながら、「あゝ」と一声して、くるくると水中に渦を巻きつゝ沈んで行きました。 船は、貴公子の胸の奥に一縷の望を載せたまゝ、恋ひしいなつかしい欧羅巴の方へ、人魚の故郷の地中海の方へ、次第次第に航路を進めて居るのでした。
「人魚の嘆き」谷崎潤一郎(青空文庫)
原文を読む
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