天守物語(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
天守に棲む妖姫と若き鷹匠
- 幻想
- 恋愛
- 文字数
- 20,948字
- 読了目安
- 約42分
- 表記
- 新字新仮名
- 舞台
- 兵庫県
この作品について
1917年(大正6年)9月、『新小説』に発表された泉鏡花の戯曲。播州姫路の白鷺城、その天守第五重を舞台に、人の世から離れて暮らす富姫たちの一夜を描く。秋草を釣る侍女や童歌を歌う子供たちという幕開きから、日常の尺度とは違う世界へ招き入れる。そこへ、城主の鷹を探す若い鷹匠・姫川図書之助が上ってくる。華やかな衣装や調度、鳥や雲の気配まで記したト書きと、冗談や皮肉を交えた台詞が、空間の美しさと登場人物の声をともに形作っている。異界から人間社会を眺めることで、主従の掟や権力への従順さにも問いを向ける作品である。鏡花は上演を望んだが、生前には実現しなかった。没後、新派や歌舞伎、映画、オペラなどで取り上げられ、文字で描かれた幻想をどう舞台に表すかという試みが重ねられてきた。
あらすじ
播州姫路の白鷺城、人の立ち入らぬ天守の五重には、天守夫人・富姫が侍女たちとともに暮らしている。ある嵐の夜、猪苗代の亀姫が訪ねてきて、藩主が寵愛する鷹を人質に取ったことから、富姫は城主への意趣返しに鷹を空へ放ってしまう。鷹を追って天守に迷い込んだ若い鷹匠・姫川図書之助は、咎めを負って死を覚悟するが、その凛とした姿に富姫は心を寄せ、二人はたちまち恋に落ちる。しかし図書之助を捕えようと討手が天守へ押し寄せ、進退窮まった図書之助は富姫の手にかかって最期を遂げようとする。そこへ現れた老いた工人・近江之丞桃六が、二人が抱く獅子頭の目に鑿を入れると、獅子頭に魂が宿ったかのように光が差し、富姫と図書之助は結ばれたまま、戦乱の世をよそに静かな眠りにつくのだった。
登場人物
- 富姫 白鷺城の天守五重に棲む妖姫。図書之助との出会いをきっかけに人間界への恋情を抱く
- 姫川図書之助 若い鷹匠。放たれた鷹を追って天守に迷い込み、富姫と結ばれる
- 亀姫 猪苗代に棲む富姫の妹分の妖姫。嵐の夜に富姫のもとを訪れる
- 近江之丞桃六 獅子頭を彫った工人の老人。天守の窮地に現れ、富姫と図書之助を救う
冒頭部(原文より)
時 不詳。ただし封建時代――晩秋。日没前より深更にいたる。 所 播州姫路。白鷺城の天守、第五重。 女童三人――合唱―― ここはどこの細道じゃ、細道じゃ、 天神様の細道じゃ、細道じゃ。 ――うたいつつ幕開く――
「天守物語」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
桃六 むむ、見える、恥しそうに見える、極りの悪そうに見える、がやっぱり嬉しそうに見える、はっはっはっはっ。睦じいな、若いもの。(石を切って、ほくちをのぞませ、煙管を横銜えに煙草を、すぱすぱ)気苦労の挙句は休め、安らかに一寝入さっせえ。そのうちに、もそっと、その上にも清い目にして進ぜよう。 鑿を試む。月影さす。 そりゃ光がさす、月の光あれ、眼玉。(鑿を試み、小耳を傾け、鬨のごとく叫ぶ天守下の声を聞く) 世は戦でも、胡蝶が舞う、撫子も桔梗も咲くぞ。――馬鹿めが。(呵々と笑う)ここに獅子がいる。お祭礼だと思って騒げ。(鑿を当てつつ)槍、刀、弓矢、鉄砲、城の奴等。 ――幕――
「天守物語」泉鏡花(青空文庫)
名文
そうおっしゃる、お顔が見たい、ただ一目。……千歳百歳にただ一度、たった一度の恋だのに。
泉鏡花『天守物語』で、天守夫人富姫が若き鷹匠図書之助に寄せる言葉。人ならぬ者が初めて知る恋の切実さが凝縮されている。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。