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尾生の信(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物

来ない女を待つ橋の下

  • 恋愛
  • 幻想

芥川龍之介 1920年(大正9年)1月 「中央文学」

文字数
1,619字
読了目安
約3分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

芥川龍之介の掌編。約束を守って橋の下で恋人を待ち続けたという、中国の古い故事で知られる尾生を主人公にしている。夕暮れから夜へ移る川辺の光景を「が、女は未だに来ない」という一句で区切りながら、水かさが増していく時間を刻んでいく。「中央文学」1920(大正9)年1月号に発表。最後に現代の「私」が顔を出し、待つ心が語り手の気分へと重ねられる。千六百字ほどの短さで読める。

あらすじ

夕方、尾生は橋の下の洲に立って、恋人の女が来るのを待っている。見上げると橋の欄干に蔦が這い、入日の中を人が通り過ぎていくが、女は未だに来ない。口笛を吹き、水際の蘆や蟹の穴を眺め、洲を歩き回るうちに暮色が濃くなり、潮がさして川の水が少しずつ洲へ上がってくる。それでも尾生は動かない。夜半、月の光が川いっぱいに溢れたころ、尾生の死骸は川の水に運ばれて海のほうへ流れていく。魂はひそかに死骸を抜け出して、月の光にあこがれるように空高く昇っていった。それから幾千年かののち、その魂は無数の流転を経て、現代に生まれた「私」に宿っている。だから「私」は何一つ意味のある仕事ができず、夢みがちに暮らしながら、来るべき不可思議なものをただ待っているのだという。

冒頭部(原文より)

 尾生は橋の下に佇んで、さっきから女の来るのを待っている。  見上げると、高い石の橋欄には、蔦蘿が半ば這いかかって、時々その間を通りすぎる往来の人の白衣の裾が、鮮かな入日に照らされながら、悠々と風に吹かれて行く。が、女は未だに来ない。

「尾生の信」芥川龍之介(青空文庫)

末尾部(原文より)

 夜半、月の光が一川の蘆と柳とに溢れた時、川の水と微風とは静に囁き交しながら、橋の下の尾生の死骸を、やさしく海の方へ運んで行った。が、尾生の魂は、寂しい天心の月の光に、思い憧れたせいかも知れない。ひそかに死骸を抜け出すと、ほのかに明るんだ空の向うへ、まるで水のや藻のが音もなく川から立ち昇るように、うらうらと高く昇ってしまった。……  それから幾千年かを隔てた後、この魂は無数の流転を閲して、また生を人間に託さなければならなくなった。それがこう云う私に宿っている魂なのである。だから私は現代に生れはしたが、何一つ意味のある仕事が出来ない。昼も夜も漫然と夢みがちな生活を送りながら、ただ、何か来るべき不可思議なものばかりを待っている。ちょうどあの尾生が薄暮の橋の下で、永久に来ない恋人をいつまでも待ち暮したように。

「尾生の信」芥川龍之介(青空文庫)

名文

尾生は橋の下に佇んで、さっきから女の来るのを待っている。

冒頭の一文。橋の下で恋人を待ち続ける尾生の姿から始まり、以後「が、女は未だに来ない」の繰り返しが緊張を高めていく。

だから私は現代に生れはしたが、何一つ意味のある仕事が出来ない。昼も夜も漫然と夢みがちな生活を送りながら、ただ、何か来るべき不可思議なものばかりを待っている。ちょうどあの尾生が薄暮の橋の下で、永久に来ない恋人をいつまでも待ち暮したように。

結びの一節。古代中国の故事「尾生の信」を語り手自身の魂に重ね、来ないものを待ち続ける近代人の心へと転じる。

原文を読む

原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。

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