浮舟(泉鏡花)のあらすじ・登場人物
二見の浦に浮かぶ舫い船
- 恋愛
- 幻想
- 文字数
- 17,241字
- 読了目安
- 約34分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 三重県
この作品について
1916年(大正5年)4月、雑誌「新小説」に載った怪談。真夏の夜、伊勢の二見ヶ浦を舞台に、流浪の仕立屋崩れの六蔵と、評判の俳優巽辰吉、三味線の師匠宮歳が絡みあう。浜の松に舫われた別荘の釣船が、海で亡くなった芸妓の魂の墓だという趣向に、貝の姿をした女たちの不気味な賑わいが加わる。
あらすじ
真夏の暑い夜、二見ヶ浦を歩く旅の仕立屋・六蔵は、旅籠に断られ、浜の松に舫われた船に潜り込んで一人酒を気取っていた。昼間、六蔵を見かけた俳優の巽辰吉は、その別荘の客として滞在している。巽は薬を買いに出た帰り、三味線の師匠宮歳に呼ばれて家に入る。巽は、東海道で螢が頬にとまり、冷たさが残ったことを話す。宮歳は、それは螢ではなく、二年前に巽を慕って海に沈んだ芸妓の小雪のしるしだと、亡くなった夜の様子を語る。小雪は酔ったまま別荘の船に乗り、泳ぐ巽を見つけて海に入り、息絶えていた。巽が宮歳に誘われて船のそばへ行くと、船で眠っていた六蔵が、貝の姿をした女たちの騒ぎで目を覚ます。蛤の灯をともした女たちは「醜い俳優だわね」と六蔵を嘲り、松葉で六蔵をくすぐる。そこへ小雪の姿が現れ、潮に包まれて消える。巽が駆けつけたとき、宮歳の姿はなかった。翌朝わかったのは、別荘の主人が知る宮歳は、前日の夕方に病で亡くなっていたということだった。
登場人物
- 六蔵 旅の仕立屋崩れ。無一文の流浪者だが、陽気で口達者
- 巽辰吉 京阪と東京で知られた俳優。別荘の主の親戚
- 宮歳 山田の新道の芸妓。三味線の師匠
- 小雪 二見ヶ浦で亡くなった名妓。巽に想いを寄せていた
冒頭部(原文より)
「浪花江の片葉の蘆の結ぼれかかり――よいやさ。」 と蹌踉として、「これわいな。……いや、どっこいしょ。」 脱いで提げたる道中笠、一寸左手に持換えて、紺の風呂敷、桐油包、振分けの荷を両方、蝙蝠の憑物めかいて、振落しそうに掛けた肩を、自棄に前に突いて最一つ蹌踉ける。「……解けてほぐれて逢う事もか。何を言やがる。……此方あ可い加減に溶けそうだ。……まつにかいあるヤンレ夏の雨、かい……とおいでなすったかい。」 さっと沈めた浪の音。磯馴松は一樹、一本、薄い枝に、濃い梢に、一ツずつ、翠、淡紅色、絵のような、旅館、別荘の窓灯を掛連ね、松露が恋に身を焦す、紅提灯ちらほらと、家と家との間を透く、白砂に影を落して、日暮の打水のまだ乾かぬ茶屋の葭簀も青薄、婦の姿もほのめいて、穂に出て招く風情あり。此処は二見の浦づたい。
「浮舟」泉鏡花(青空文庫)
末尾部(原文より)
その朝、六蔵も別荘の客の一人であった。が、お先ばしりで、衆と一所に、草の径を、幻の跡を尋ねた――確に此処ぞ、と云う処に、常夏がはらはら咲いて、草の根の露に濡れつつ、白檀の蒔絵の、あわれに潮にすさんだ折櫛が――その絵の螢が幽に照った。 松に舫った釣舟は、主人の情で、別荘の庭に草を植え、薄、刈萱、女郎花、桔梗の露に燈籠を点して、一つ、二見の名所である。
「浮舟」泉鏡花(青空文庫)
原文を読む
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