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麒麟(谷崎潤一郎)のあらすじ・登場人物

孔子と衛の霊公夫人・南子

  • 歴史

谷崎潤一郎 1910年(明治43年)12月 「新思潮」

文字数
9,040字
読了目安
約18分
表記
新字新仮名
種別
小説

この作品について

谷崎潤一郎がデビュー間もない1910年(明治43)に同人誌『新思潮』に発表した初期短編。『論語』『史記』などの故事に取材し、諸国伝道の旅の途上で衛の国を訪れた孔子と、霊公の夫人・南子を描く。聖人の説く徳の道と、妖艶な夫人の魔力のあいだで揺れる霊公の姿を、漢文調を織りまぜた絢爛な文体で綴る。「刺青」と並んで、デビュー期を代表する耽美の一編である。

あらすじ

紀元前四百九十三年の春、孔子は弟子たちを従えて故郷の魯の国を発ち、伝道の旅の果てに衛の国へ入る。衛の霊公は孔子を師と仰ぎ、その教えに従って善政を志すが、霊公の心を捉えて離さないのは、絶世の美貌と残虐な心を併せ持つ夫人・南子であった。南子は、自分よりも聖人の言葉に耳を傾けるようになった夫を取り戻すため、あらゆる嬌態と権謀を尽くし、ついには孔子の車を自分の車の後ろに従えて都大路を練り歩き、聖人の徳よりも己の色香が勝ることを万人に示してみせる。その夜、霊公は「お前は私を亡ぼす悪魔だ」と震えながら、再び南子の腕に抱かれるのだった。翌朝、孔子の一行は衛の国を去る。「吾未だ徳を好むこと色を好むが如くする者を見ざるなり」――聖人の最後の言葉だけが、論語に載せられて今日まで伝わっている。

登場人物

冒頭部(原文より)

鳳兮。鳳兮。何徳之衰。 往者不可諫。来者猶可追。已而。已而。今之従政者殆而。 西暦紀元前四百九十三年。左丘明、孟軻、司馬遷等の記録によれば、魯の定公が十三年目の郊の祭を行われた春の始め、孔子は数人の弟子達を車の左右に従えて、其の故郷の魯の国から伝道の途に上った。 泗水の河の畔には、芳草が青々と芽ぐみ、防山、尼丘、五峯の頂の雪は溶けても、沙漠の砂を掴んで来る匈奴のような北風は、いまだに烈しい冬の名残を吹き送った。

「麒麟」谷崎潤一郎(青空文庫)

末尾部(原文より)

其の夕、夫人は殊更美しく化粧して、夜更くるまで自分の閨の錦繍の蓐に、身を横えて待って居ると、やがて忍びやかな履の音がして、戸をほと/\と叩く者があった。 「あゝ、とうとうあなたは戻って来た。あなたは再び、そうして長えに、妾の抱擁から逃れてはなりませぬ。」 と、夫人は両手を擴げて、長き袂の裏に霊公をかゝえた。其の酒気に燃えたるしなやかな腕は、結んで解けざる縛めの如くに、霊公の体を抱いた。 「私はお前を憎んで居る。お前は恐ろしい女だ。お前は私を亡ぼす悪魔だ。しかし私はどうしても、お前から離れる事が出来ない。」 と、霊公の声はふるえて居た。夫人の眼は悪の誇に輝いて居た。 翌くる日の朝、孔子の一行は、曹の国をさして再び伝道の途に上った。 「吾未見好徳如好色者也。」 これが衛の国を去る時の、聖人の最後の言葉であった。此の言葉は、彼の貴い論語と云う書物に載せられて、今日迄伝わって居る。

「麒麟」谷崎潤一郎(青空文庫)

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