興津弥五右衛門の遺書(森鴎外)のあらすじ・登場人物
殉死の前夜に書き遺した覚悟
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 7,041字
- 読了目安
- 約14分
- 表記
- 新字新仮名
- 種別
- 小説
この作品について
森鴎外が1912年(大正元年)、乃木希典の殉死に触発されて執筆し、「中央公論」に発表した歴史小説。鴎外の数多い歴史小説・史伝の出発点に位置づけられる作品である。細川家の老臣・興津弥五右衛門が、亡君に殉死する前に書き遺した遺書という体裁をとる。かつて主命で香木を求めた折の出来事と、主君から受けた恩への思いが、簡潔で格調高い候文で語られる。武士の「奉公」と殉死という主題を通して、鴎外が明治の終わりに問うた記念碑的な一編。
あらすじ
肥後熊本藩主・細川三斎(松向寺殿)の一周忌を明日に控え、老臣・興津弥五右衛門景吉は、亡君の墓前で殉死する決意を固め、その前夜、子孫のために事の顛末を書き遺す。かつて三斎に仕えていた若き日、弥五右衛門は同役の横田清兵衛とともに、茶の湯に用いる珍しい伽羅(香木)を求めて長崎へ遣わされた。世にも見事な伽羅の本木をめぐり、仙台伊達家の役人と競り合って値を吊り上げる弥五右衛門を、横田は「たかが炉にくべる木の切れに大金を投じるのは愚かだ」と嘲る。主命を何より重んじる弥五右衛門と、功利を説く横田は激しく論じ合い、ついに脇差を抜いて斬りかかった横田を、弥五右衛門はひと太刀で討ち果たしてしまう。切腹を願い出た彼を、三斎は「主命を重んじた末の事」として赦し、その香木はやがて帝の賞美をも受けて細川家の誉れとなった。命を救われた再造の恩義に報いるため、弥五右衛門は主君の死に殉じることを心に定める――遺書を書き終えた翌日、彼は船岡山の麓に設けられた仮屋で、従容として腹を切った。乃木希典の殉死に触発された鴎外が、殉死という主題に初めて取材して書いた歴史小説である。
登場人物
- 興津弥五右衛門景吉 細川家の老臣。主命を第一とする剛直な武士。亡君・三斎に殉じる決意を遺書に綴る本作の主人公
- 横田清兵衛 弥五右衛門とともに長崎へ香木を求めに行った同役。功利を説いて弥五右衛門と論争し、脇差を抜いて斬りかかった末に討たれる
- 細川三斎(松向寺殿・忠興) 弥五右衛門の主君。横田を斬った彼を「主命を重んじた末の事」と赦して命を救う。その死に弥五右衛門は殉じる
冒頭部(原文より)
某儀明日年来の宿望相達し候て、妙解院殿(松向寺殿)御墓前において首尾よく切腹いたし候事と相成り候。しかれば子孫のため事の顛末書き残しおきたく、京都なる弟又次郎宅において筆を取り候。
「興津弥五右衛門の遺書」森鴎外(青空文庫)
末尾部(原文より)
正保四年十二月二日、興津弥五右衛門景吉は高桐院の墓に詣でて、船岡山の麓に建てられた仮屋に入った。畳の上に進んで、手に短刀を取った。背後に立っている乃美市郎兵衛の方を振り向いて、「頼む」と声を掛けた。白無垢の上から腹を三文字に切った。乃美は項を一刀切ったが、少し切り足りなかった。弥五右衛門は「喉笛を刺されい」と云った。しかし乃美が再び手を下さぬ間に、弥五右衛門は絶息した。 仮屋の周囲には京都の老若男女が堵の如くに集って見物した。落首の中に「比類なき名をば雲井に揚げおきつやごゑを掛けて追腹を切る」と云うのがあった。
「興津弥五右衛門の遺書」森鴎外(青空文庫)
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。