芋粥(芥川龍之介)のあらすじ・登場人物
芋粥を夢見る冴えない五位
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 14,587字
- 読了目安
- 約29分
- 表記
- 新字旧仮名
- 種別
- 小説
- 舞台
- 京都府
- 福井県
この作品について
芥川龍之介が1916年(大正5)9月、雑誌『新小説』に発表した短編。『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』に取材した王朝物の翻案で、「羅生門」「鼻」と並ぶ初期の代表作に数えられる。主人公は摂政藤原基経に仕える、風采の上がらない五位の侍。同僚からも軽んじられて日を送る彼には、芋粥を飽きるほど食べてみたいという、長年抱いてきたささやかな望みがある。この小さな望みを軸に、人が何かを欲し続けるときの心の働きを、平安朝の宮廷社会を舞台に、皮肉とユーモアをまじえて描く。
あらすじ
摂政藤原基経に仕える五位の侍は、背が低く赤鼻で風采の上がらぬ、周囲から侮られどおしの中年男であった。侍仲間や京童にまで愚弄されながらも決して怒らず、ただ「芋粥を飽きるほど飲んでみたい」という長年のささやかな願いだけを心の支えに生きていた。芋粥は当時、大饗にわずかに供される甘く贅沢な粥で、五位のような下級の者が腹一杯食べられるものではなかった。ある年の正月、基経の館の大饗の残りの芋粥をすすりながら「いつになったら、これに飽ける事かのう」と独りごちた彼の言葉を、居合わせた豪傑の武人・藤原利仁が聞きとがめる。利仁は「望みとあれば飽かせてしんぜよう」と言い、五位を敦賀の自邸まで連れ出した。道中、利仁が野狐を捕らえて使いに立てる不思議を目の当たりにしつつ敦賀に着くと、翌朝、五位の眼前には山のような山の芋と、大鍋にあふれるほどの芋粥が用意されていた。あれほど焦がれていたはずの芋粥を前に、五位はもはや一杯すら喉を通らぬ心地がする。飽きるほど食べられると分かったとたん、長年の願望はあっけなく萎え、彼はむしろ、まだ芋粥に飽きていなかった昨日までの自分を、なつかしく幸福なものとしてふり返るのだった。
登場人物
- 五位 摂政藤原基経に仕える下級の侍。風采が上がらず侮られながら、芋粥に飽きたいという願いだけを支えに生きる本作の主人公
- 藤原利仁 豪放な武人。五位の望みを聞き、敦賀の自邸で芋粥を飽きるほど振る舞う
冒頭部(原文より)
元慶の末か、仁和の始にあつた話であらう。どちらにしても時代はさして、この話に大事な役を、勤めてゐない。読者は唯、平安朝と云ふ、遠い昔が背景になつてゐると云ふ事を、知つてさへゐてくれれば、よいのである。――その頃、摂政藤原基経に仕へてゐる侍の中に、某と云ふ五位があつた。
「芋粥」芥川龍之介(青空文庫)
末尾部(原文より)
彼は、この上芋粥を飲まずにすむと云ふ安心と共に、満面の汗が次第に、鼻の先から、乾いてゆくのを感じた。晴れてはゐても、敦賀の朝は、身にしみるやうに、風が寒い。五位は慌てて、鼻をおさへると同時に銀の提に向つて大きな嚔をした。
「芋粥」芥川龍之介(青空文庫)
名文
しかし、五位が夢想してゐた、「芋粥に飽かむ」事は、存外容易に事実となつて現れた。
芋粥を飽きるほど食べたいという五位のささやかな夢が、思わぬ形で叶うことを告げる一文。夢は叶った瞬間に色あせるという、皮肉な結末へ導く。
しかし、同時に又、芋粥に飽きたいと云ふ慾望を、唯一人大事に守つてゐた、幸福な彼である。
大量の芋粥を前に食欲を失った五位が、夢を抱いていた頃の自分を懐かしむ結末近くの一節。叶わぬ望みを持ち続けることこそ幸福だったと気づかせる。
原文を読む
原文は青空文庫で公開されています(アプリからも同じ本文をダウンロードして縦書きで読めます)。