佐々木高綱(岡本綺堂)のあらすじ・登場人物
恩賞を忘れた主君への怒り
- 歴史
- 心理
- 文字数
- 11,860字
- 読了目安
- 約24分
- 表記
- 旧字旧仮名
- 舞台
- 滋賀県
この作品について
岡本綺堂の一幕の戯曲。図書カードによれば1914年(大正3)10月に新富座で初演された。綺堂が二代目市川左団次のために書いた新歌舞伎の一つで、左団次の当たり狂言を集めた「杏花戯曲十種」にも入っている。主人公は、宇治川の先陣争いで名高い源氏の武将佐々木四郎高綱。建久元年十二月、源頼朝の初めての上洛を前にした近江の佐々木の庄の屋敷で、高綱は名馬生月の足を洗わせながら、出迎えの支度をしようとしない。屋敷には、かつて高綱に殺された馬子の遺児が馬飼として仕えている。功臣の不平と、晴れない罪の記憶とを、梅の咲く厩先の一日に描く。
あらすじ
建久元年十二月、近江の佐々木の庄。佐々木四郎高綱は、宇治川の先陣を果たした名馬生月を馬飼の子之介に洗わせている。頼朝の上洛の行列が近づいているのに、高綱は出迎えの支度をしない。石山寺詣での帰りに娘の薄衣が連れてきた高野の僧智山に、高綱は十年前の罪を打ち明ける。頼朝の挙兵に馳せ参じる途中、野洲の河原で馬を借り、そのまま奪って逃げ、追ってきた馬子の紀之介を殺したのだった。その遺児を探し出して厩の小者に召し抱え、毎月二日を命日として供養しているという。甥の小太郎定重が出迎えを促すと、高綱は、石橋山で身代わりに立った自分に日本の半分を与えると誓いながら約束を守らない頼朝を大嘘つきと罵り、追従する武士たちにも愛想を尽かす。一方、子之介の姉おみのが訪ねてきて、父の仇を討てと弟を責める。前非を悔いる高綱に心を動かされた子之介が拒むと、おみのは山刀を取り出す。やがて高綱は髻を切った僧形で現れ、この世に愛想が尽きたと告げて、智山の供をして高野へ向かうことにする。智山を生月に乗せて自ら口取りとなり、薄衣と定重に家を託して出立しようとしたとき、おみのが斬りかかる。高綱はその手を押さえて突き放し、ここにも悟られぬ人があると笑って、大津の宿へ旅立っていく。
登場人物
- 佐々木四郎高綱 近江の佐々木の庄の領主。宇治川の先陣で名高い源氏の武将
- 薄衣 高綱の娘。小太郎定重の許嫁
- 佐々木小太郎定重 高綱の甥。頼朝の出迎えを促す
- 子之介 佐々木家の馬飼。かつて高綱に殺された馬子紀之介の息子
- おみの 子之介の姉。父の仇を討とうと思いつめる
- 智山 高野山の僧。諸国修行の帰りに佐々木家へ立ち寄る
- 鹿島与一・甲賀六郎 高綱の家来
冒頭部(原文より)
高綱 けふはよい日和になつたなう。比良のいたゞきに雪はみえても時候は俄に春めいて來たやうぢや。をちこちで小鳥が樂しさうに囀るわ。 與一 鎌倉どのが初めての御上洛に、かやうな日和つゞきと申すはまことにおめでたい儀でござりまするな。 六郎 お先觸れの同勢はもはや尾州の熱田まで到着したとか申すことでござりまする。
「佐々木高綱」岡本綺堂(青空文庫)
末尾部(原文より)
(行かんとする時、厩のかげよりおみのは山刀をぬき持ちて走り出づ。) おみの 父樣のかたき……。(切つてかゝる。) 高綱 (身をかはしてその手をとらへ。)誰ぢや。(顏をみて。)おゝ、子之介の姉か。(微笑みながら突きはなす。おみの倒れる。)こゝにも悟られぬ人があるなう。 智山 冬の日のくれぬうちに大津の宿まで。 高綱 はあ。 (高綱は馬の口を取りてゆく。皆々あとを見送る。おみのは又起ちあがりて行かんとするを、子之介は抱きとめる。三井寺の鐘の音きこゆ。) ――幕――
「佐々木高綱」岡本綺堂(青空文庫)
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